「つくづく思いますけど、冴霧様って人を脅さないと話せないんですか」

「話をそらすな」

 苛立たし気に冴霧の長い指が顎を掴んできた。

 頬に指先が柔く食いこんで、タコのような顔になる。

 そこにいつもの甘い雰囲気はない。

 冴霧の細められた眼差しは、さまざまな感情を綯交ぜにしたような不思議な色を灯していた。

 心配。苛立ち。焦燥。

 しかしその中には、何とも言えない熱も含まれている。

「や、やめてくらひゃい」

「逃がさねえぞ、真宵。こうなったら徹底的に攻めて口説いて地獄の果てまで追い詰めてやる。おまえだけはぜってぇ消してやらん」

「すみません、全く意味がわかりません。もしや、いやまさかとは思いますけど、今の口説き文句じゃないですよね? え、違うって言ってください」

「……チッ、汲み取れよ」

「なんで今ちょっと照れたんです??」

 こんな分かりづらい愛情あってたまるか、と真宵は冴霧を精一杯睨め付けた。

 この十九年さんざんと言っていいほど振り回されてきたが、ついぞ理解出来そうにない。
 
 だいたい、冴霧と真面目な話など出来ないのだ。

 大抵はこうやって話の筋がずれていってしまう。

 なぜならそれが、真宵と冴霧が築いてきた関係だから。

 冴霧と翡翠の関係性と少し似ているな、と思う。

 重要なところで逃げようとする冴霧をあえて止めずに『仕方ないなあ』と調子を合わせるのは、それが冴霧の望みだとわかっているからだ。

 いわば一種の牽制。無視して踏みこめば、不器用な冴霧はすぐざま心を閉ざしてしまう。

(……まあこんなんじゃ、一生彼女なんか出来ないでしょうね!)

 込み上げてくるモヤモヤをなんとか飲み下しながら、真宵はつんとそっぽを向く。


「もう、冴霧様なんて嫌いです」