「へえ、なにかと入り用なのかよ」

「まあそれなりに。だが急は要していない分まだ良い。ともかく冴霧、おまえは自分たちのことを考えろ。余計なことを考えている暇はないだろう?」

 顔を曇らせた冴霧は、やや投げやりに「うっせえよ」と悪態をついた。

 本当にここまで素を明かしているなんて珍しい、と真宵はひそかに感心する。

「真宵嬢」

「え、あ、はい……?」

 唐突に名を呼ばれてわかりやすく狼狽えるが、翡翠は大して気にする様子もなく、どこか雅な香りを混ぜ込んだ優しい笑みを向けてくる。

「役に立たなくてすまないが、俺に出来る限りの協力はしよう。今はとにかく身体を休めて、自分の今後についてしっかりと考えてみるといい」

「自分の今後、ですか」

「現状、なにかと混乱している部分もあるだろう? 一度落ち着いて、客観的に現実を見つめてみるのも大切だ。感情というものは往々にして先走るものだからな」

 刃のような銀色の瞳に射すくめられて、真宵は口籠った。

 形をなぞれない色を向けられると、心の奥底まで赤裸々に見透かされているような気になる。

「……あ、ありがとうございます」

「あぁ。

──しかし、その笑顔は似合わんな」


 え、と真宵が戸惑うのとほぼ同時、冴霧が凄まじい勢いで拳を振るっていた。

 だが翡翠は、わずかも表情を揺るがせることなく片手でそれを受け止める。

 冷たく目を眇めて冴霧を見やると、ハエを払うように受け止めた拳を叩き落とした。

「悪いな。手負いの神にやられるほど、俺も落ちぶれてはいない」

「てんめ……っ」

「なに、今のは言葉のあやだ。別に顔が可愛くないとかそんな話ではなく、ただ作り笑顔は似合わんと言ったまで。おまえの嫁を愚弄する気なんざないさ」

「作り笑顔だろうがなんだろうが、真宵にケチつけるやつは許さねえんだよ。たとえテメェだろうがな! 今すぐ消してやろうか、翡翠!!」