「……んだそれ。本人から聞いたのかよ」

「うん。せやけど……好きやからこそ、そばにいるのは辛いって。本当の主はんに触れられないのに一緒にいるのは辛いって、そうも言うとった」

 赤羅は真宵に「堪忍なぁ」と小さく謝りながら、こちらに困ったような顔を向けてきた。

 髪より若干明るい、楓の葉に似た梔子の瞳が、ゆらゆらと揺れる。

「オレから言うのはどうかとも思ったんやけど、主はん気づきそうもないしな。オレもお嬢の口から聞くまで、そんなの思いもせえへんかったし」

「……わかんねぇ。つまりどういうことだ」

「ん~~~~……やからなぁ、主はんが良かれとして置いてた『距離』があかんかったんよ。それがお嬢にとっては何よりの拒絶で、途方もない壁やったんや」

 赤羅が唸る。

 これ以上は言えん!と頭を抱え込んで後ろを向いてしまった。

(……距離は必要だろうが)

 大切だからこそ、愛しているからこそ立ち入られたくない領域もある。

 冴霧にとってそれはただの汚点に過ぎない。

 明かしたところで真宵を傷つけるだけだ。

 わかっているのにどうして、こんなにも胸がざわつくのだろう。

「……冴霧。人というのは存外厄介なものなんだ」

 成り行きを黙って見守っていた翡翠が、ため息とともにぽつりと口を開いた。

「人は論を持って物事を図ろうとする一方で、情に流されやすい。余計な事に首を突っ込むなと言っても無駄だ。そこに何かしらの思いが生まれてしまえば、たとえ利などなくても平気で己を犠牲にする。人の子とはそういう愚かな生き物だ」

「……知ったような口ぶりだな」

「知ったのさ。つい最近、嫌というほどな」

 嫁か、と冴霧は辟易しながら息を吐きだす。

 翡翠の嫁も人の子だ。

 会ったことはないが、先日かくりよを騒がせていた中心人物だと聞いた。

 この翡翠があまりにも遠い目をして話すから、おそらく相当な問題児なのだろうなと察する。