今でも腸が煮えくり返って仕方がない。

 奴は存在ごと消し去ったが、この怒りの矛先を向けられるところがないというのは、なかなか感情の消化に困る。

「なんだ、文句あんのか? テメェだって嫁に手ェ出されたら消すだろ」

「当然だ」

「即答かよ」

 真顔で返答してきた翡翠に、なかば同類嫌悪を覚えた。

 冴霧は立場上なにかと神々から忌避される存在だが、どちらかといえば『怒らせたらやばい』のはこの男の方だ。

 涼しい顔の下にはとんでもない裏の顔が隠れている。

 はたしてコイツの嫁はそれを知っているのか。

(……ま、神は都合の悪い面は隠すもんだが)

 ふたたび舌打ちを漏らしながら、冴霧は真宵の傍にどかりと腰を下ろす。

 さすがに服は着替えたが、未だに髪は湿っており気持ちが悪い。

 すると、前触れなく白火がぼふんと音を立てて人の姿へ変化した。

 顔は涙なのか鼻水なのかわからなくなるくらいにぐしゃぐしゃだ。

 思わず「うげ」と引き攣った声が出る。

「ぞぢらはどなだでずが……っ?」

「いけすかねえが、悪い奴じゃねぇよ。俺が呼んだんだ」

「もっとまともな紹介をしないか、阿呆」

 翡翠が眉間を揉みながら憎々し気に睨んでくる。

「翡翠だ。縁を司る神で、かくりよではよろず屋を──」

「つか汚ぇ。拭いてやるからこっち来い、坊主」

 厳かに自己紹介を繰り出す翡翠の声を躊躇いなく遮って、白火を呼ぶ。

「……おまえはなんだ、俺になにか恨みでもあるのか?」

「ない。虫の居所がわりぃだけだ」

 泣きすぎて頭が働いていないのか、白火は素直に冴霧の隣に座った。

 ティッシュを引っ掴んで、ひとまず鼻をちーん。

 さらに新しい一枚で涙を拭ってやる。

 そんな甲斐甲斐しさを気味悪そうに見据えながら、翡翠が鼻白んだ。