「──蒼爾」

「はい」

「奴の正体を探れ。消し飛ばしたから実体はもうねえ。身元だけわかりゃいい」

 蒼爾が息を呑む。

「……承知しました。しかし主、お身体は──」

「俺のことは気にすんな。こんくらい大して問題ねぇよ」

 冴霧が歩き出したのか、体が揺れた。

 ふわりと菊の花の香りが鼻腔を掠めて──しかしそこに混ざりこんだ違和感のある気配に、真宵は薄目を開けた。

 冴霧とふたたび目が合う。

 怒り混じりながらも、先ほどとはどこか異なる酷く悲しげな色を宿した瞳。

 そうわかりやすい憂いを向けられると、さすがの真宵も心細くなってしまう。

(あなたに、そんな顔してほしくないのに……)

 冴霧の冷たい指先が滑るように頬を撫でる。そのまま顔が近づいて、額にそっと唇が落とされた。

 その瞬間、急速に意識が沈んでいく。


「今は眠れ、真宵」


 待って、と声を発する間もなかった。





「──おまえだけは、絶対に逝かせねえ」


 意識が途切れる寸前、なんだかとても思い詰めているような声が聞こえた気がしたのは、はたして幻聴か……それとも。