──真宵は【神隠し】の子だった。
赤子の頃、事故で死にかけた真宵を救うために、とある神が高天原に連れ帰ったらしい。
とある神、とは天利ではない。親として育ててくれたのは彼女だが、それは自分ではないと言っていた。ならば、はたして誰なのか。
考えてみれば、簡単なことだった。
真宵が幼い頃から深く関わりのある神は、冴霧しかいない。
位の高い大神である彼が、あやうく禁忌に触れかねない行為に及んでまで人の子を救ったのは、一重に真宵が【清めの巫女】だからだろう。
救うほどの価値があったから、それが神々の総意だったからに過ぎない。
ああ、もしかしたらそれを真宵へ伝えるのが憚れて言わなかったのか。
だけど、理由なんて些細な事だ。
仮にその神様が冴霧でなくたって構わない。
なにが真実であったとしても、冴霧が特別であることは変わらないのだ。
(……やっぱり私、馬鹿だなぁ)
いつだって真宵の視線の先には、冴霧がいた。
そう、たぶん、初恋だった。
よもやこんな場所で自覚して、想いを告げることもなく逝くことになるとは思わなかったが、まあある意味良かったのかもしれないな、とも思う。
どうせもう長くない命だった。
覚悟はとうに出来ている。
まさかの結末で最期に冴霧に会えなかったのは悔やまれるけれど、それはそれで後腐れなく──。
なんて。
(あぁ、やだ。冴霧様に会いたい……っ)
ひと際大きな泡を吐き出しながら、真宵はきゅっと眉根を寄せた。
沈んでゆく力の入らない体を捻り、どうにか反転させて、遠のいていく泉の入口へ手を伸ばす。
(冴霧様……──!)
ごぼり、ごぼり、口からこぼれる空気がとうとうなくなった。
頭の深い部分に濃い霧がかかり、意識が朦朧とし始める。
泉のせいか涙のせいか、ひどく霞む視界が鬱陶しくて体を縮こませるけれど、体はどんどん重くなってゆく。
……これはもう、ダメかもしれない。