ここは、まるでぽっかりと空間を剥ぎ取られたような不気味な静けさと暗黒に包まれている。

 気を抜けば、存在ごと闇の中に取り込まれてしまいそうなほど。

 けれども、真宵は立ち止まらない。立ち止まれない。ここまで来てしまえばもう体はほぼ操られているも同義で、意思とは反して動いていた。

(そう、あと、少し……)

 少しで、なんだろう。


 この先に、なにがある?


 ぼんやりと霧がかった意識の中で、唐突に浮かんだ疑問。

 しかしその答えの糸を掴む前に、足先が大岩前最後の飛び石に触れた。

 ──瞬間、ぶわりと空気が変わる。

 周囲に漂っていた神力が急激に岩へ吸収されていく。

 同時に目も眩むほどのまばゆい光が辺りを包み、その凄まじい引力にぐらりと視界が揺れた。

 ……だが、倒れるように踏み出した先には、もう岩はなかった。

 真宵を招きいれるように左右に分かれた岩の先。

 そこに広がるのは、泉だ。神力の塊のような青白い光をまとい、触れる事すら躊躇うほど透き通っているのに、不思議なほど底が見えないそれ。

 ──下界への入口。通称、【流獄泉(りゅうごくせん)】。



「ああ、真宵。そうだ、こちらへおいで」




 声はこの泉の先から聞こえていた。

 はっきりと、もはや頭の中ではなく、確実に音として。

 真宵はここに来て踏みとどまった。なにかに引きずられそうに意識が虚ろになるけれど、それでもどうにか理を保つように強く奥歯を噛み締める。

 天利が怒った理由。

 それは、この泉に誤って真宵が落ちてしまったらと危惧したからだ。

 下界、泉の先にはかくりよが繋がっている。

 しかし、天照御殿の中心部に隠されているこの泉は、無論ただの入口ではない。

 ここから流されるのは、なにか罪を犯して高天原を通報されたものたちだ。

 つまり、これほどまでに美しく神秘を纏った泉であっても、罪人の処刑場なのである。