『──……よい、真宵。ほら、こっちだ。こっちだよ』

 いつになく明瞭に聞こえてきた声に、真宵はハッと意識を覚醒させる。

 どこか冷ややかな暗闇が広がる中、真宵は起き上がって辺りを見回した。

 いつもの離れだ。

 となりには子狐姿の白火がお腹を広げてすやすやと眠っている。

(今、何時……?)

 褥に入ってから、どれほどの刻が経ったのだろう。

 窓の外は相変わらず宵闇に包まれているようだった。朝日が上る気配すらないところを見ると、まだそれほど更けてはいないのかもしれない。

 しかし夜中に目覚めたとは思えないほど、真宵の意識ははっきりとしていた。

『真宵』

「……だれ、なの」

 先日とは違う。今回はちゃんと意識がある。

 意識があるにも関わらず、夢の中で聞こえていたあの声が聞こえる。

 けれどもそれは音としてではなく、頭の中に直接語りかけてくるような、なんとも不思議な感覚だった。

『こっちにおいで、真宵』

 だが真宵は、その声がどこから流れてきているのか、なんとなく分かるような気がした。

 いつもは掴めない音の先に、道標の如くピンと糸が張っている。

『ほら、早く。早く、早く、早く』

 真宵は音を立てないよう気を付けながら、そっと立ち上がった。

 白火に布団をかけ直して、そのまま部屋を出る。

 どこか意識が虚ろになっているような気もするが、それでも自分の意思で声が流れてくる方へ足を進める。

 サンダルに爪先をひっかけて玄関を出る。

 そしてすぐ脇、天照御殿の入口へ繋がる近道──茂みに開いた小さな穴へ、身を屈めて体を滑り込ませた。