「ごめんくだせえ。どなたかいらっしゃいませんかねえ」
真宵の住む離れに来客があったのは、鬼たちが訪ねてきた日の夕刻頃だった。
宵に沈み始めた空は黄昏に染まり、気温も着実に下がり始めている。高天原の夜は夏であっても底冷えすることが多い。
常備している小紋仕立ての和羽織を肩にかけながら、居間で洗濯物を畳んでいた真宵は玄関へ駆けた。
「……えっ、山峰様?」
玄関の扉を開けて吃驚した。
そこに佇んでいた人物も、真宵を見るが否か目を丸くして「ははあ」と大袈裟に仰け反りながら、驚いたような声を上げる。
「もしかしなくても、真宵嬢かい?」
下膨れのふくよかな丸い顔。
かろうじて頭に乗るだけの小さな竹笠からは、松葉色の髪が毛先だけ申し訳程度にはみ出している。
顔中を渡る皺は深く、人間の齢ならば六十代後半あたりだろうか。
真宵の胸辺りほどの小柄な体躯だが、足元を見れば歯の高い一本歯下駄を履いており、実際はもっと小さいことがわかる。
名は山峰。
幼い頃から数回ほど顔を合わせた事がある知り合いだ。
「お、お久しぶりです。真宵です」
「こんりゃあたまげた。なんとまあ別嬪さんじゃあないか」
山峰は、特殊な神器や呪具等を取り扱っている道具屋である。
天利の商談相手で、数年に一度の頻度で御殿にやってきていた。
とはいえ、商談の際は部屋に入れてもらえなかったため、真宵自身はそこまで関わりはない。
どちらかと言えば、帰り際にお菓子をくれる優しいおじさんという認識だ。
「いやはや、人の子の成長というのは早い。あんなに小さかったのになあ」
しみじみと顎髭を撫でる山峰に、上から下まで舐めるように見られて、真宵は若干引き攣った笑みを浮かべた。