「しかしお嬢、なぜ主との結婚をしないなどと……許嫁でしょう?」

「かか様が勝手に決めただけだもん」

「ですが、死ぬほど嫌なわけではないはずです」

 わからないだろうな、と真宵は思う。

 好きな相手との結婚。

 その先に待っているのは追い求めた幸福なはずなのに、未来を描こうとすると形容しがたい恐怖が訪れる。

 冴霧が真宵に向ける哀愁漂う憂いを帯びた眼差しが、まざまざと脳裏に思い出されてしまう。

 礎の部分ですれ違っていることも、互いの心緒が嵌りきっていないこともわかっているからこそ、真宵には結婚──婚姻を結ぶという選択が出来ないのだ。

「あのね、セッちゃん。蒼ちゃん」

 真宵は泣き止んだ白火を床に下ろしながら、そっと瞼を伏せる。

 下り立った白火は、躊躇いがちに真宵の服の裾を掴んだ。

 紅葉のように小さな手。

 その背を抱くように引き寄せながら、真宵はゆっくりと噛みしめるように言葉を紡ぐ。

「たぶん人間だからだよ」

「……どういう意味やねん、それ」

「そのまま。人間って、すごく面倒くさい生き物なの」

 永遠を生きる神様や、同じように長い時を生きる怪には分からないことだろう。

 たかだか十九年の短い生涯のなかで真宵が何を思い、何を考え、どんな想いを募らせてきたのかなんて、おそらく考えもしていないのだろうから。

「生きたくないわけじゃないし、死にたいとも思ってないし、むしろ結婚しないと死ぬとかどんだけ馬鹿らしいのって思ってるけど」

「……言いますね」

「ふふ。でもそんなふうに思っていてもなお私が冴霧様を拒むのは、冴霧様が好きだから。心の底から冴霧様を想ってるからだよ」

 服を掴む白火の手の力が強くなった気がして、真宵は彼の頭を優しく撫でた。

 どれだけ嫌だと駄々をこねても、白火は誰よりも真宵の気持ちを理解しようと努めるし、出来得る限り懸命に汲んでくれようとする。

 そのいじらしいほどの健気さには、さしもの真宵も胸を撃たれるが、残念ながらこの複雑怪奇な乙女心だけは理解出来まい。