「不法侵入だなんて人聞きが悪い。坊主は快く入れてくれたぞ」
「そんなこと言って。わかってますよ。どうせ何かで釣ったか、脅したんでしょう?」
「なに、かごやの饅頭をくれてやっただけだ」
悪びれもなく、しれっと答える冴霧。
「知らない人から物をもらっちゃダメって、いつも言ってるのに……」
「俺は知らない人じゃねぇだろうが」
はあ、と寝起きからじっとりとした疲れを感じながら起き上がる。
(まったく……こっちの気も知らないで、のんきなんだから)
真宵は胡乱な目でまじまじと冴霧を見下ろした。このいかにも茶番のような会話でさえ心の底から楽しんでいるのだから、なんともタチが悪い。
「なんだ、朝からご機嫌ナナメか? 可愛い奴だなあ」
「冗談は結構です」
「俺は冗談なんか言わねえ。本気だ」
「わーそれはそれは。ありがとうございます。照れちゃいますね」
いっそ芸術品のような寸分の狂いもない美麗な顔には、時折〝やんちゃさ〟と〝素直さ〟が垣間見える。どちらも真宵の前だけでしか出さない表情だ。
「……はぁ。それで、ご用件は?」
半ばわかりきったことを淡々と尋ねながら、真宵は喉の調子を確かめた。
「そりゃあおまえ、決まってんだろ」
あー、あー、うん。オーケー。
寝起きにはいささか酷な仕事だが、まあやれないことない。お決まりの茶番だ。しっかり最後までお付き合いしなければ、いくら気心知れた仲だとしても神様相手に失礼にあたる。
心を凪いで無に落とし込む。
そして一切の表情を消し去った真宵。
「俺の可愛い花嫁に、求婚しにな」
すうっと深く息を吸い込み、肺を大きく膨らませ──視界の端にぎょっとしたような冴霧が見えたが構わず──勢いよく、全力で、吐き出した。
「きゃあああああっ冴霧様の変態いいいいいっ!」
「ぐぁっ──!?」
離れのすみずみまで響き渡っただろう、真宵の偽装悲鳴。自分で上げておいてなんだが耳がキンとした。これは、あれだ。間違いなくボリュームを間違えた。