例の天岩戸閉じこもり事件の際も、天宇受売命がこの歌で天照大神を誘い出したらしい。あまりのうるささに起きた、と天利はしかめ面で毒づいていたが。
しかし彼女は現在、葦原の中つ国──うつしよと呼ばれている地上へ降りて、国つ神となってしまっている。どこでなにをしているのかさえ、真宵は知らない。
なにより今回は、まだ眠りに入ったばかりだ。
うるさいと感じることもないほど、深い眠りの最中だろう。
『しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか──』
頭では、こんなことをしても所詮は無意味だと分かっていた。けれど他に方法もないので、藁にもすがる思いで唱えているに過ぎない。
シャン、シャン、と洞窟中に反響する清らかな鈴の音。
辺りには〝捧げもの〟から生み出された霊力の波が満ち満ちている。
その波に乗せるように──歌い、舞い、祈る。
うちに宿る霊力をここまで操れるようになったのは、他でもない天利のおかげだ。
真宵は幼い頃から己の霊力を操れるよう仕込まれてきた。いずれ自分を守る盾になるからと、いっさいの手加減抜きにしごかれた。それはもうたんまりと。
地上では『陰陽師』と呼ばれる者たちが身に着けるような術をはじめ、現在の世では真宵しか出来ないらしい、この【清めの儀式】まで。
主に『浄化』を基にしたものばかりだが、おかげで真宵はある程度ならば身に宿る霊力をコントロールすることが出来るようになったのだった。
『──うおえ にさりへて のますあせゑほれけ』
やがて、歌と舞が終わる。
その瞬間、〝捧げもの〟はパッと光となって弾けた。それはまるで驚いた蛍が散るように少しずつ消えていき、最後にはひとつ残らずなくなって──。
ふたたび狐火だけが洞窟を照らすまでになったとき、反動で全身の力が抜けた真宵は、さすがに耐え切れずその場に膝から崩れ落ちた。