「……これも寝言ですけど。じゃあ冴霧様は、私を避けてなかったってことですか」

「ああ……避けてなかった、と言えば嘘になる。真宵にすべてを打ち明けてくれって言われたとき、真っ先に思ったのは『離れなきゃなんねえ』だったんだよ」

 真宵は思わず瞼を上げる。

 離れたと思っていた冴霧は、立てた肘に頭を乗せて真宵を見下ろしていた。

 やっぱりその瞼は開いていて、もはや就寝を装う気配もない。

「ずっと前から決めてたんだよ。もしも真宵に俺の仕事を知られたら、俺は真宵の前から消えるって。いっそ記憶も全て消しちまおうとすら思ってた」

「……私を守るため、ですか?」

 前の真宵なら、ここで即座に感情的になっていただろう。

 落ち着いて返すことが出来たのは、冴霧の本当の想いを知ったからだ。

 しばしの沈黙の後、冴霧は「いや」と切なそうに睫毛に影を落とし首を振る。

「守るってのは建前で、結局は俺自身への欺瞞だ。そう言い訳してなきゃ、俺はおまえに近づけなかった。俺は如何様にも穢れた存在で、最悪この世でもっとも真宵を傷つける男になりかねないからな」

 だが、と冴霧は一度ゆっくり言葉を切ってから、寂し気に続ける。

「おまえに隠さないでほしいと訴えられるまで、俺はそれが間違ってるなんて疑ったこともなかった。隠し通すことが俺にとっての愛情で、結果的に『守る』ってことに繋がってると思ってた。……傷つけてるなんて、それこそ考えたことすらなかった」

 後悔が滲む口調に、真宵はどこか他人事のように『真面目だなあ』と思う。

 いかにも適当そうだし、言葉遣いはなにかと荒いし、実際に素行が良いとは言えないけれど、冴霧は元より物事をしっかり図ろうと努力する性格だ。

 だからこそ天神会の官僚という重責を担い、どんなに非情な仕事でも、それが自分にしか出来ないことだと判断したから引き受けていたのだろう。