「置いていったのは……冴霧様、でしょ……?」
違う、と咄嗟に返せず、くしゃりと顔を歪める。
冴霧は真宵の幸せを願っての選択をしたつもりだが、真宵にとっては違ったのだ。
置いていったと、置いていかれたのだと、そう思ったのだろう。
「……逝くな。逝くなよ、真宵。結婚しよう」
「っ……いま……それを、言うんです?」
「おまえの想いは嫌というほど受け取ったんだ。だからもう……頼むからもう勘弁してくれ。俺はおまえを失うことだけは耐えられねえ」
ぽたり、ぽたり、と真宵の頬に雫が落ち、小さな水溜まりが出来る。
それを見て初めて、冴霧は自分が泣いていることに気づいた。
「……なか、ないで……」
真宵はそっと冴霧の頬に手を添えて、冷たい指先で撫でるように涙を払った。
まさか神になって初めて流した涙を、もっとも情けない顔を見せたくない相手に拭われるとは。
ああ、もう、本当に嫌だ。最悪だ。
積み上げていたもの全てが崩れ去っていく。
だがもういい。なにも気にしない。真宵を失うくらいなら、他の全てはいくらでもくれてやる。だから。だからどうか。
「──……俺の嫁になってくれ、真宵」
真宵の瞳が揺れた。
「でも、私はもう……」
「今ここで契りを交わせば、まだ間に合うかもしれんぞ」
前触れなく頭上から降り注いだ声に、冴霧はぎょっとして顔を上げる。
その際に涙が飛び散ったが、今さら隠してもどうにかなるものでもない。
「翡、翠……」
「真宵嬢は無理をしすぎた。よって残り時間はゼロに等しい。それはおまえもわかっているだろう、冴霧?」
こんな状況だとは思えぬほど至極冷静に問われて、冴霧はガリッと唇を噛みしめた。
「体内に留まっていた神力だけでなく、彼女自身の霊力も尽きかけているからな。正直、契りを交わしたとしても助かるかはわからん。確率的には五分五分か」
「なっ……どういうことだよ!」