冴霧が薄らと瞼を持ち上げると、そこは未だ光に満ち溢れていた。

 しばらくぼうっと魅入って、やがていつになく心が穏やかだということに気づく。

 不思議と体も軽く感じられた。

 痛みや衝撃もない。

 ただただ心地良い温かさが冴霧を包み込んでいた。

(ああ……そう、か)

 その光の雫たちは冴霧に全てを教えてくれた。

 真宵自身の想いが形になったもの。清らかな鈴の音と共に冴霧の中へ流れ込んでくるのは、まさしく真宵の心そのものだった。

 この十九年間、冴霧はただ真宵を守ることに命を賭けていた。

 真宵を守れるのなら心などいくらでも殺したし、実際にどれほどのモノを無に還してきたかわからない。

 真宵を想えば耐えられた。

 彼女を守ることは己を守る事と同義となるくらいには、冴霧は真宵という存在が大切だった。

 もとより冴霧は、万人に憎まれ、恨まれ、苛まれこそすれ、まさか好かれることなど──愛されることなど有り得ない存在だった。

 役職上、どうしたってそれは避けられない。

 高天原では蛇蝎のごとく恐れられ、忌み嫌われている。

 平気で冴霧に近づいてくる変わり者など、はるか昔から天利と翡翠、従者の鬼たちくらいのものだ。

 そんな冴霧を、真宵は最初から受け入れてくれていた。

 死にかけていた真宵を己の身勝手で高天原へ連れ去り、神々の力によって命を繋ぎ止めた十九年前のあの日。

 【神隠し】という、罪を犯したあの日。

 ──目を覚ました真宵は、不思議そうに冴霧を見て……朗らかに笑ったのだ。

 よりにもよって、冴霧相手に。

 責められこそすれ、泣かれこそすれ、無垢な笑顔を向けられる資格などない自分になぜ、と冴霧は大いに困惑し──同時に。


(……あのとき俺は、おまえに救われたんだよ)


 指先で捻るだけで簡単に命を落としてしまいそうな人の子。


 しかしその笑顔は、この世界の何よりも信じられるものだと思った。