(冴霧様は気づいているのかいないのか、よくわかんないんだよね)
いつ現れるかわからない冴霧対策に、最近は寝るときでさえ結う始末。
もともと天利の影響で髪の結い方にはレパートリーがあるが、儀式のときだけはなにも手を加えない。どうせ切らなければならないし。
切り落とした髪を手早く組紐で結び、天岩戸の前に置く。
今日行うのは、儀式は儀式でも、本式ではなく縮小版。本式とは工程も霊力量もなにもかもが異なるため、こういった下準備がとにかく欠かせない。
──髪は人の体の部位で、もっとも霊力が溜まりやすいモノとされている。
伸ばせば伸ばすほど、つまり術者の体の一部である期間が長いほど、溜まる霊力量が多くなる。そうして切り落とされた髪は、『霊力の塊』そのものなのだ。
この縮小版の儀式に限っては、自ら霊力を込めて編んだ組紐で切り取った髪を結ぶことがなにより重要になってくる。
こうすることによって霊力が籠った髪が散ることなく纏められ、いわゆる神への供物──〝捧げもの〟の代わりとなる。
これを仲介することで、儀式に必要な霊力が一定量抑えられるのだ。
「白火、お神酒取ってくれる?」
「はい、真宵さま」
白火から受け取った清めの酒を、真宵は置いた髪に少しずつかけていく。
ツンとした鼻をつく独特な日本酒の香り。
脳の奥が侵されるような、甘くも芳しい香りに酔わないよう意識を引きしめながら、真宵は地面に片膝をついて身を屈めた。
(いつも思うけど、絶対私ってお酒に弱いよね)
そうして濡れた髪にふーっと息を吹きかければ、組紐が淡い光を纏い始める。
組み上げられていた部分が独りでに解けていく。そのまま徐々に細く伸びた青白い光が髪全体を包みこんだのを確認して、真宵は一歩、後ろへ下がった。