「なにしてるん主はんっ!」

 赤羅がギッと主を睨みながら怒号を上げた。

 蒼爾も厳しい顔で冴霧を見るが、絶望したような顔でその場に立ち尽くしている主に気づくとその瞳を揺らめかせる。

「……おまえらが言ったのか?」

「っ、そうやで! こんなん納得いかへんからな!」

「嘘だろ……なんてこと、してくれたんだよ……」

 冴霧は呆然と首を振ると、その場でふらついて髪を取り乱しながら頭を押さえた。

 心做しか、侵食が早まっているように見える。

 真宵に手を貸しながら、蒼爾がサッと顔を青くして「いけません」と苦悶気に顔を歪めた。

「あのままでは心が先に侵されます。そうなればもはや手遅れに……っ」

 その言葉を聞いた瞬間、真宵は全神経を尖らせて立ち上がった。

 転がった際にぶつけたのか切れたのか、全身が鈍く痛む。

 だがそんなの気にしていられない。力の入らない身体を支えるために霊力を全身に纏わせる。

 こうなれば手段は選んでいられない。強行突破だ。


「冴霧様」


 ゆっくり、ゆっくりと。

 一歩ずつ、冴霧の元へ足を進める。

 冴霧はビクッと肩を跳ねさせ、首を横に振りながら後ずさった。

 土塊が転がり、気のせいか辺りがいっそう暗くなる。来るなと拒絶するように冴霧から最後の神力が溢れ出して、ふたりの間に壁を作った。

「あかん、主はん! それ以上力を使うなや! ほんまに堕ちてまうでっ!」

 赤羅の涙交じりの声が響く。

 冴霧の髪は真っ黒に等しい状態まで来ていた。

 まるで迷子の子どものような怯えた瞳。

 ゆくあてもなく彷徨い続け、それが絶望なのだと知ってしまった冴霧は、おそらく繋がれた鎖から逃れる方法を知らないのだろう。

 今の彼には、誰の声も届かない。

 殻に籠り完全に心を閉ざしてしまっている状態では、どんなに言葉を尽くして思いの丈をぶつけても無駄だ。
 
 こうなってしまえば、もう方法はひとつしかない。