触れた個所から全身に流れ込んでくる穢れ。

 拳で殴られる衝撃にも近いそれに、真宵は別の意味で意識が遠のきそうになった。

 かろうじて耐えるが、視界が霞む。

 あの菊の花の香りはもうしない。

 代わりに漂う邪は、脳を濃く蝕んでいくような重苦しい香りだ。

 どろどろとした淀みきったそれを冴霧から感じ取りながらも、ぐっと歯を食いしばって受け入れる。

「ばかかおまえはっ!!」

「ばかはどっちですかっ!!」

 耳元で叫ばれたので、ほぼ反射的に叫び返していた。

 同時に抑え込んでいたさまざまな感情が爆発する気配がしたが、こうなればもう止められない。

「だいたい冴霧様、なに勝手に消えようとしてるんです!? 私がもう余命幾ばくもない状態だっていうのに顔すら合わさないとは何事ですか! 許しませんからね!!」

 あまりの剣幕に、さしもの冴霧もたじろいだ。

「ゆ、るすもなにも……っ」

「私はっ! 冴霧様以外と結婚なんかしませんからっ!」

 冴霧が零れ落ちそうなほど大きく目を見張る。

 なに言ってんだこいつと言わんばかりの表情だ。

 そんなあからさまに唖然とされても困る。

 もう何度もそう言っているではないかと心の中で毒づきながら、真宵は冴霧の服をぎゅっと握りしめた。もう皺になろうが関係ない。

「ほんとに、ほんとにもう……なんでわかってくれないの」

 確かに、真宵は冴霧の求婚を断り続けていた。

 どんな意図があったにせよ真宵が冴霧を傷つけたことに言い訳出来ないが、しかし一度だって冴霧以外との結婚を考えたことなどないのもまた事実。

 当然だろう。

 好きでもない相手との契約結婚なんて誰がするものか。