従者の鬼たち以外で、唯一気兼ねなく酒を飲みかわせる相手だった。

 公然と『友』と呼べるのも、冴霧が胸の内を吐露出来るのも、後にも先にも翡翠だけだろう。

「ああでも一回くらい、テメェの嫁には会ってみたかったな」

「……ふん。彼女の魅力に当てられて腰を抜かすかもしれんぞ」

「んなわけあるかよ。あいにく俺は、真宵にしか感情が動かねえんだわ」


 ──事象の流れを操るとき、冴霧は少なからずその者が辿ってきた流れを垣間見る。

 皆、たとえどんな悪人でも、必ずひとりは大切に想う相手がいた。

 そしてそんな彼らを大切に想う者だって、きっとこの世界のどこかには存在する。

(……俺が還した奴らは、こんな最期すらなかったんだから)

 冴霧は仕事に関しては情けをかけない主義だ。

 それは天利からこの任を承った時に誓ったことだし、冴霧を信じて任せてくれた以上裏切るわけにはいかない。

 冴霧はどんな事情があれ、責務を全うする。

 心を殺して。

「さァて、お仕事の時間だ」

 はてさて、最期になる仕事はどんなものになるだろう。

 舞台としてはこれ以上ないくらい打ってつけの場所だ。

 神界とは思えぬほど荒れ果て忘れ去られたこの場所なら、気負わず存分に暴れられる。


 堕ちて消えるまで。


 どうせなら同胞に──親友に見送ってもらおう。


「なあ、翡翠よ。最期に見る顔がおまえで良かったぜ」

「……俺はおまえを看取りに来たんじゃないんだが」

「くくっ、良いじゃねえか。せめて骨くらい拾ってくれよ」


 冴霧は声を上げて笑いながら、結っていた三つ編みをさらさらと解く。

 深淵のような底知れぬ闇に染まった髪が、風に揺られてふわりと空を舞った。



「──……堕ちちまえば、んなもん欠片も残りはしないだろうけどな」