そう言った瞬間、情けなくも瞳から涙が零れた。
頬を伝う一雫のそれを見て、翡翠が大きく目を見開く。
薄暗に浮かぶ金泥には明らかな戸惑いが浮かんでいる。
いい加減にわかっただろう。
生半可な気持ちで、真宵から離れる決断をしたわけではないと。
全てを覚悟した上で、邪に堕ちるという選択をするのだと。
「……俺ほどまでに穢れちまえば、もう眠ったくらいじゃ祓えねえしな。この前だいぶ神力を泉に持っていかれちまったから、なおのこともう時間がねえんだ」
真宵はああ言っていたが、流獄泉の神力を吸い取る力は凄まじい。
こちらが抱える神力量が多ければ多いほど、その吸引力は増すからだ。
たとえ大神とて、泉の中に五分も掴まっていれば神力が尽きるだろう。
おかげで邪の、黒蝕の浸食が尋常ではないくらい早まってしまった。
真宵に触れただけで悟られるほどとはさすがに思っていなかったが、そのおかげで自分がどの程度危うい状態なのか把握出来たとも言える。
(致し方ねえが……あんとき神命を使っちまったのは痛手だったな)
しかし今回の『処刑人』がまさかこんな最果ての地に隠れていようとは──正直こちらとしては、空気を読んでくれたことに感謝したいくらいだった。
間違いなく、次に神力を使えば冴霧は堕ちる。
髪が全て黒く浸食し、邪に呑まれ、神力を暴走させ──やがては消滅する。
この仕事を請け負った日から、いつかこういう日が来るのだろうと覚悟していた。
「なんの後悔もないってわけじゃねえが、それなりに納得してんだよ。俺は」
「……おまえの後任はどうするつもりだ」
「全て手配済みに決まってんだろ。舐めんな」
「はなからそのつもりか。……くそ、この頑固者め」
おまえには言われたくねえ、と冴霧は肩を竦める。
(ま、今こうしておまえと喋れてんのは、俺としては悪くねえ最期だよ)