「おまえ、やはり相当な阿呆だろう」

 のらりくらりと歩いていれば、後ろから数歩の距離を開けて付いてくる翡翠が唐突に言葉を投げてきた。

 声音はどこか気怠げだが、いつもより硬質だ。

「んだよ、藪から棒に。喧嘩売ってんのか?」

「違う。おまえの行動に道理が無さすぎて腹の底から呆れてるんだ」

 場所は高天原の東奥部。

 外れも外れ、端っこの最果ての地と呼ばれる場所だ。

 黒々しい暗雲に空が覆われているせいで、昼間だというのに夜と誤謬するほど辺りは薄暗い。

 ところどころひび割れた地面は水分を失い干乾びて、歩くたびに乾き切った土塊が転がる。

 周囲には冬でもないのに葉を失った枯れ木の幹と、隕石かと思うほど黒々しい大小さまざまな岩石のみ。

 ぽつぽつと朽ちた空き家はあるが、まるで生き物の気配はなかった。

 この見るも無残に荒れ果て、とうの昔に忘れ去られた地が、しかしまごうことなく神々の住まう高天原の一角だとはとても信じたくない。

(あいつに……真宵に見せたら、驚きすぎて顎を外すかもしんねえな)

 何故こんなところに男二人でやってきているのかと言えば、無論『仕事』である。

 数刻前、従者の鬼たちと共に高天原へ上がってきた翡翠は、何故か自分も行くと言って付いてきた。

 さしずめ友の愚行を止めに来たとか、そんな辺りだろう。

「冴霧。真宵嬢を嫁に貰うんじゃなかったのか」

「あーな。やめた」

「そんなホイホイとやめられるものか、すかぽんたん」

 きょうび聞かない言葉をぶつけられて、さしもの冴霧の足も止まる。

 振り向けば、翡翠は眉間に深い皺を刻みながら、やはり数歩の距離を置いて立ち止まっていた。

 この微妙な間は、冴霧から漂う『邪』が不快なのかもしれない。