──神々は人がつけた神としての名と、固体としての名の二つを持つ。

 真宵の育て親にあたる天利の神名は【天照大神】。

 八百万の神々が住まうこの高天原において、最もその名を知らしめていると言っても過言ではない。

 人々からの深い信仰を携えるだけでなく、同時に神々の頂点に君臨する彼女は、名実ともに彼らを統べる最高神である。

『ああ、真宵。ワタシが眠ったら、冴霧と結婚するんだよ』

 そんな彼女から唐突にそう告げられたのは、今から二年前のことだ。

 朝餉の最中、ちょっとそこの醤油取ってと言わんばかりの軽いノリだった。

 思わず手に持っていた椀を転げ落とした真宵に、彼女はこうも言った。

『さもなくば、おまえは死ぬからね』

 突然の死亡宣告に戸惑わなかったわけがない。ひっくり返った椀から零れた味噌汁が、盛大に着物を濡らしていることにも気づかないほど動揺した。

 すでに冷めた後で良かったと安堵したのは後々で、その時はただただ石化するしかなかった。

 けれどその実、真宵が真っ先に気にしたのは自身の『死』ではなく──。

『かか様、眠るの?』

『まあね。あと一年半くらいしたら』

 思い出すだけでも、自然と口からため息がこぼれ落ちる。

 自身の死。義母の休眠。どちらも結果的には別れを伴うものだ。安易に天秤にかけられるものでもない。

 それは重々、わかっているけれども。

「……本当に眠ってしまうんだから、かか様はひどい人よね」

 天照御殿の最奥部。

 目も眩むような黄金で縁取られた重厚な扉を前に、ぽつりと呟く。

 肩には子狐の姿に変じた白火がぶらさがるように乗っている。意外とぷっくりした体型だが、不思議と重さは感じられない。それも神の使い、神使ゆえなのだろう。

 真宵は自分の体重を乗せるように、力いっぱい華美な扉を押し開けた。