「そんな主の神命は『流れ』を操る力──いえ、ここはあえてモノを『無』に還す力と言った方が適切かもしれませんが。無とはすなわち消滅です。神としての存在を消す。魂あるものは魂ごと地に還す。つまり、そのモノが持つ流れを生まれる前に巻き戻して、存在ごとなかったことにする。……それが主の神命なのです」

 重々しく言い切った蒼爾の言葉を理解するのに、時間がかかった。

 だが次第に合点がいくようになる。

 冴霧はよく『消す』だの『無に還す』だのと乱暴な言葉を放っていたけれど、あれは比喩でもなんでもなかったのだ。

「無に還るっちゅうのは、死ぬのとは根本的にちゃうからな。死後の輪廻転生も叶わんし、神に限っては天昇も不可能になる。言葉通り、なかったものにされるんや」

 天昇とは、いわば神々における『死』。

 流獄泉に流されるような罪を犯さず、信仰が尽きるまで真摯に神業を請け負い、己の神力が尽きて名実共にお役目を終えた神だけが迎えることが出来る。

 天昇した神は輪廻の流れに乗り、やがてはさらに高位の神として生まれ変わると言い伝えられている。
 
 つまり、冴霧が神々に対して神命を使った場合、もうその神は二度とこの世に生まれ出ることは叶わなくなる。

 たとえそれがどんな形であっても。


 ……そういう、ことなのだろう。


 殺すともまた異なる──生命的な存在として否定される。


 ぞくっとした。

 背筋に冷たいものが走り、顔面から血の気が引いていく。

(じゃあ、あの時……)

 あの泉で冴霧が『無に還した』ものは、本当に存在ごと消えてしまったのだ。

 死体すら残らず。

 この世界に生まれ出たという記録すら残すことなく。

「ま、って。じゃあさっきの、処刑って……」


 信じられない。

 が、そうとしか考えられない。

 でも信じたくない。


 真宵の問いかけに、蒼爾は目を伏せながら無情にも静かに顎を引いた。