「なんとなくね、私は冴霧様から逃れられないと思うんだ」

 いっそすべて忘れてしまえたら。

 記憶ごと捨ててしまえたら楽なのに。

「──よく、わかりませんね。人とはそういうものなのですか?」

「うーん、わからない。私、自分以外の人間に会ったことないもの」

 感覚的なもの、とでも言うべきか。

 幼い頃から変わらない気持ちだからこそ、半ば諦めの境地でそうなのだろうと受け入れているだけの話。

 真宵は、冴霧が好きだ。

 あの顔も声も性格も──冴霧のという存在丸ごと、真宵はこの世界の誰よりも好きだという自信と自負がある。これだけ拒絶されても潰えないくらいの。



「もう、良いんだよ。ふたりとも」

 ゆえにこそ、いい加減、真宵も腹を括るべきだ。


 人と神様。

 本来は交わることのなかった存在同士が惹かれあったところで、繋がりを、縁を持たなかったのだろう。

 それが運命だというのなら致し方がない。

 交渉は決裂。

 婚約破棄。

 真宵と冴霧の関係は、これにて終幕。


(……なんて、そう簡単に受け入れられることでもないけど)


 人知れずため息をついたその時、赤羅が「成程な」といつもの数倍低い声で唸った。


「それがお嬢の答えっちゅうわけか」

 いつもの人懐こそうな笑顔は成りを潜め、赤羅はひどく剣呑な目を向けてくる。

 いまだかつて見たことがないほど、眇められた梔子色の瞳が冷たい。

「よおくわかったで」