「お嬢ーっ!」

「こら、うるさいですよ。寝ていたらどうするんです」

 うららかな陽光が差し込む昼下がり。

 褥に座りながら、左右に開いた透かし障子越しにぼんやりと庭先を眺めていた真宵は、突如静寂を破った声に瞬きを増やした。

 明後日の方向に流れていた意識が戻ると同時、跳ねるように部屋に飛び込んできた褐色の紅。

 驚きに目を丸くする。

 元気よく現れたのは赤羅だった。

 隣には呆れ顔の蒼爾の姿もある。

「おっ、起きてるやん。ひっさしぶりやなあ、お嬢っ!」

「わっ……」

 赤羅は真宵の姿を視認すると、ぱっと嬉しそうに顔を綻ばせて勢いよく抱き上げてきた。

 そのままくるくると回られて、ついつい強張っていた体から力が抜ける。

「セッちゃん、蒼ちゃん」

 二週間ぶりに見る顔に、水底に沈んでいた心が浮き上がるのを感じながら、真宵は落ちないように赤羅の服を掴んだ。

 回るたびにひらりと舞う菫色の広袖は、あまり見ない七宝柄だ。

 蒼爾の方は露草色の籠目柄の広袖で、こちらもまた珍しい。

 普段は動きやすさ重視のためか、簡素な狩衣や長着一枚でいることが多いのだ。

 広袖姿は、どちらかというと冴霧の方が見慣れているかもしれない。

(かくりよに行ってたから、かな?)

 そもそも神々や怪の服装は、基本は和装にしても時代背景はバラバラであり、各自気に入ったものを身に着けているだけなので、正直統一性はないのが実情だ。

 日ノ本の神々としての矜持ゆえか、洋服は総じて好まない印象があるけれど。

「ふたりとも、いつ戻ってきたの?」

 ようやく赤羅が落ち着いたところで、真宵は切り出した。

「ついさっきですよ。ようやく向こうでの仕事がひと段落ついたので」

「えらい時間かかってもうたわぁ。オレらな、ずうっとお嬢が気になっててん」

 な?と話を振る赤羅に、蒼爾がうやうやしく頷いた。

「主から連絡はもらっていましたけどね。しかし状況がどうも……」

「んなあ。で、体調はどない? 起きてて大丈夫なんか?」

 話が見えない。

 けれど相変わらずだ。

 このふたりといるとホッとする。

 胸の奥が春天にじんわりと温められていくような、無条件に身を任せられる相手。


「……どうなんだろうねぇ。私もわかんないや」


 だからだろうか。

 つい、ぽろりと本音が零れ落ちていた。

 ふたりはその曖昧な答えを図りかねたのか、戸惑い気味に視線を交わし合った。