今その手を離したら、もう二度と掴めなくなってしまうような。

 けれど、追いかけたいのに体が動かない。

 もどかしい。

 行かないでと叫びたいのに、喉の奥が苦しいほど締め付けられて、それ以上声も出なかった。

「ま、真宵さま? なにかあったのです?」

 白火が歩いていく冴霧と真宵を交互に見ながら、動揺したように聞いてきた。

 なにかと言われても。

 真宵にだって、なにがあったのかわからない。

「……ううん」

 どうして冴霧は、そうまでして真宵から逃げようとするのか。

 わからない。

 もう、ずっとわからないままだ。

 真宵の思いを聞いてもなお打ち明けてくれないのなら、もはや道はない。

 だが今この瞬間、真宵と冴霧の間に埋めることが不可能な溝が生まれてしまったことだけは確かだった。

 ここは、求める者と求められる者が反転した世界だ。

 これまでしてきた拒絶の裏側にある想いも何もかもが、儚く水泡に帰した瞬間。

 そこに真宵の追い求めていた希望は、きっと──。


「なんもないよ。……なにも」


 霞のように歪む視界でぽつり呟いたその声は、どこか震えて──ひどく涙混じりだった。