「──……ったく、俺もおまえのそういうとこは好まねえな。これだから人の子は情が深くて困る。頼むから大人しく振り回されてろよ、真宵」
「嫌です」
どこか震え交じりの声が痛々しくて、真宵は冴霧の首へ手を回し抱き寄せた。
「っ……真宵?」
低い音が耳朶を撫で、いつにも増して戸惑ったような冴霧が離れようと体を引こうとする。
しかしそうはさせまいと、真宵はさらに深く抱き込んだ。
菊の花の香りを掻き消して、なんとも麝香に似た──冴霧に不釣り合いな香りが強く混ざって鼻をつく。
ぐらりと輪郭を溶かすような嫌悪感を感じる香りだ。
なるほど。
神が纏う香りはその存在の在り方を示すのか、と唐突に理解した。
「……なにがあなたに、そんな顔をさせてるんですか」
冴霧の体がビクッと揺れた。
「だって、冴霧様は誰よりも強い龍神さまなのに。どうしてそんな、何もかも失ったような目をするんですか」
今に始まったことではない。
鬼たちに『荒事』と揶揄される仕事の後、底知れぬ絶望を浮かべた瞳で会いに来る度に、真宵は心の中でその理由を問うていた。
「私はそんなあなたが、嫌いなんです」
単なる自暴自棄ではないことは明白だった。
普段は傍若無人たる冴霧は、こう見えて、どんな時でも泰然と物事を受け止め、論理的な解決方法を図ろうとする性格だ。
よって一時の感情に振り回されることも、ましてや盲目的に周囲が見えなくなることもない。
何かが強制的に、ひいては逃れられない運命の元で、冴霧をそのような状態にさせていたのだろう。
十中八九、仕事関連。
統隠局か、あるいは天神会か。
……いや、天利は頑なに天神会のことを真宵に伏せていた。
さらに自らが頭目であるにも関わらず、どうも天神会そのものの形に不満を持っているようだった。
だとしたらやはり、天神会の方かもしれない。