それとも、まさか真宵がこれでも気づかないと思っているのだろうか。

「冴霧様」

 起き上がれても立ち上がれない真宵は、冴霧に向かって手を伸ばした。

「なんだ? 抱っこならもう出来ねえぞ?」

「そうじゃなくて」

 ふざけて逃げようとしたって無駄だ。

 お茶らけられるほどの余裕が残っていないことなど、見ればわかる。

 そんな覇気のない声で誤魔化せると思わないでほしい。
 
 真っ直ぐに見返せばそれが伝わったのか、冴霧は諦めたように口を噤んだ。

 真宵がさらに身を乗り出して両手を伸ばすと、驚いたように冴霧がビクッと体を震わせ身を引く。

 けれど逃がすまいと躊躇いなくその頬を包みこんだ。

「お、おいっ!」

 またもや嫌なものが流れ込んでくるけれど、歯を食いしばりぐっと耐えた。

 覚悟していれば我慢出来ないものではない。

 それに、改めてその正体を探れば、否が応でも気配の輪郭を辿れる。


 ──これは真宵がよく知っているモノだ。


「……大丈夫、です。私は大丈夫ですから、どうか逃げないでください」

「んなこと言ったってなぁ……!」

 真宵は冴霧の顔を引き寄せる。

 体勢を崩した冴霧が膝をつき、前屈みの状態で静止した。

 額と額が触れそうなほど急激に近づいた距離。

 零れんばかりに大きく目を見開いた冴霧は、石像のごとく硬直する。

「冴霧様こそ、大丈夫ですか?」

「なっ……に、言って……」

「しらばっくれるのもいい加減にして下さい。本当はわかってるでしょう?」

 冴霧は、昔から自分のことを徹底的に隠す癖がある。

 ポーカーフェイスもお得意だ。

 だが、冴霧が思っているほど真宵は鈍感ではない。

 聡いと言えば聞こえは良いが、生まれ持った強い霊力は普段と異なるものを敏感に察知する。

 とくに『穢れ』や『邪』。

 そういった陰の気に属し、浄化の力が跳ね返すものたち。