真宵はがっくりと首を垂れる。

 もう知らない。何も聞いていないし、何も気づいていない。そうだ、これは全て白昼夢だと思うことにしよう。そうしよう。

「……もういいですからどいてください……」

「心配すんなよ。結婚したあかつきには、んなの考えられねぇくらいのときめきを毎日欠かさず、存分に誠意を持ってくれてやるから」

「心配しかない発言をどうもありがとうございます!?」

 ようやく調子を取り戻したように、冴霧はくつくつと意地の悪い笑みを見せた。

 ……知っているとも。

 どうせ何もかも思い通り、計画通りなのだろう。

 きっと真宵が余計なことを考えないよう、言葉巧みに翻弄させているだけなのだ。

 冴霧はずるい。

 そうやっていつまでも真宵の心を弄ぶ。

 手のひらの上でころころと愉快不愉快に転がして、それをまた本当に幸せそうに眺めるのだ。

 ──愛されているのだと思ってしまうから、やめてほしいのに。

「そら、ひとしきり騒いで疲れただろ。しばらくの間は食べて寝ることがおまえの仕事だ。白火が朝飯作ってくるまで大人しく体を休めてろよ」

「……誰のせいで……」

「俺もひと眠りする」

 淡々とそう告げると冴霧はわざわざ部屋の隅まで移動して、座布団も引かず無造作に腰を下ろした。

 壁に背中を預けながら片膝を立てたかと思えば、さっさと目を瞑る。

 どうやら本当に寝るらしい。

(……それでも、一緒に寝ようとはしないんだから)

 ズキリと胸の奥が軋んで痛みを伴った。

 あんなに騒いで滞っていた熱と高揚した気持ちが、頭から真水を浴びたように急激に冷めていく。

 この距離感が、冴霧の本性を掴めない感じが、酷く切ない。

 共にいる時間が少なくなったと、真宵に残された時間が一ヶ月もないとわかっているにも関わらず、やはり冴霧は隠した心を明かしてくれないのだ。

 付かず離れず──そんなの、望んでいないのに。

 いっそ全て暴いてくれたら良いのにと、真宵はひとりため息をかみ殺した。