「あぁ? んなもん俺以外に誰が貰うんだよ。死にかけの口付けなんて最高にロマンチックじゃねぇか。はは、一生忘れられねぇ思い出だなあ!」

 ああくそっ、と荒く毒づきながら冴霧が起きあがった気配がした。

 かと思ったら、べりっと強引に布団を引っぺがされる。

 やけに熱の籠った鋭い目とかち合った。

 なぜかその美麗な顔が赤面していて困惑しながら、しかしこればかりは言い返さねばと必死に思考をフル回転させて、半ば投げやりに声を荒げる。

「い、いったいそれのどこにロマンを感じたのか詳しく教えて頂きたいですし、そもそもそんな綱渡りなスリルまったく求めてませんからっ!」

 あんな意識が曖昧な時に、しかも水の中で、されたという認識すらほぼないファーストキスがあってたまるか。

 これが何の想いも抱いていない相手なら事故だと受け流せたのに、よりにもよって冴霧だなんて、ああもう、

「冴霧様のっ! ばかっ!!」

「んだよ、そんなに俺の口付けが嫌か!」

「うぐっ……」

 喉の奥に石が詰まったようにつっかえて言いどもる。

 嫌、ではない。

 咄嗟にそう思ってしまった自分が憎らしい。

(そんな聞き方はずるい……っ)

 ああそうとも、嫌ではない。

 なんせ、溢れる想いを拗らせすぎてあやうく死を選びそうになるほど好きな相手だ。

 その事実だけ鑑みるのならば、いっそ冥土の土産かと勘違いしてしまいそうになるほど嬉しいし、心の底から幸せだと思う。

 だがしかし、そうではない。

 肝心なのはそこではないのだ。

「あのですね、良いですか冴霧様。世の中には、女の子が憧れるときめきシチュエーションという言葉がありまして」

「シチュエーション? へえ、そりゃあけったいなことだな。だが、あいにく俺にとっての女は真宵だけだし、真宵さえときめいてくれたら他はどうでもいいんだわ」

 だめだ、この男にそういう普通のロマンを求めたのが間違いだった。