動けないだけだ。

 動けていたら、もうとっくにこの屋敷から逃亡を図っているに違いない。

 冴霧は嫌いじゃないけれど、だからこそ遠慮したい状況もある。

「……というか正直、いろいろ理解していなくてですね」

 得体のしれない声に誘われ、何故だか流獄泉に引きずりこまれて、もうだめかと諦めかけたところを冴霧に救われた。

 単純にその事実しか分からない。

 そもそもなぜそんなことになったのだろう。

 あの声は結局なんだったのか。

「なあ、真宵。ひとつ聞くが、近頃なにか変なことはなかったか?」

「変なこと、と言いますと──」

「なんでもいい。何かしら『変わったこと』だ」

 そう言われても、と真宵は考えこむ。

 ここ数日の記憶の糸を辿ってみるが、すぐにピンとは出てこない。

 赤羅と蒼爾が滞在するようになってからは、毎日なにかと騒がしく過ごしていたし、それこそ泉に引きずり込まれたこと以外は──。

「あ、」

「なんか思い出したか?」

 思い出したというより、もっと大前提、そもそもの話だった。

「ここしばらく、変な夢を見ていたんです」

「夢?」

「はい。暗闇の中で誰かに『おいで』って言われる夢。その声の主は知ってるようで知らない、なんだか不思議な感じで……でも眠ると毎日のようにそれを見てました」

 思い返せば、その夢を見るようになったのは天利が眠りについてからだ。

 最初はただの夢だと思っていたし、実際、内容的にも特に怖いものでもなかったから、当初はあまり気にはしていなかったのだけれど。

 ただ、あの日──。

「セッちゃんたちがうちに来た日の前の晩も、その夢を見てたんです」

「つーことは……五日前くらいか?」

 真宵は気後れしながら首肯する。

「朝方、気づいたら玄関にいて……。どうやら眠ったまま歩いてたなんですよね」

 冴霧が怪訝そうに「眠ったまま?」と目を眇める。