「いつまで経っても俺の求婚を受けねえ真宵が悪いんだろ。そろそろ泣くぞ」

「えっ、それはぜひとも見てみたいと言いますか」

「鬼畜だな。誰が泣くか」

 ──そう、この男、冴霧。

 いったい何の間違いか、真宵の許嫁なのである。

 朝一から無遠慮に人の家に押しかけて寝起きから忌憚なく求婚してくるのも、一度や二度の話ではない。むしろ日常茶飯事だ。

 とりわけここ数ヶ月は頻度が増えている。しかも会う度にその熱烈さが増している気がして、真宵は毎度強気にあしらいながらも、内心とても焦っていた。

「とりあえず俺のって付けるのやめてくれませんか。あらぬ誤解を呼びます」

「いずれそうなるんだから問題ないだろ」

「なりませんってば」

 だがその焦りはいったい何に対しての焦りなのか、正直なところ真宵自身もいまいちわかっていない。見当こそつくものの、認めたくないという方が正しいか。

「強情だなァ。んなとこがまた可愛いけど」

 ──またそういう歯の浮くようなことを、平気な顔で……。

 なんだかイラッとくるのだ。当然のように嘘をつくところも、それに真宵が翻弄されていると思っていることも、実際わりと真面目に振り回されていることも。

 つまるところ真宵は、この男に懸想する一方で、心底信用していないのである。

「しませんよ、結婚なんて」

「許嫁だろ」

「かか様が勝手に決めただけです。私は了承していません」

 ぴしゃりと言い放つと、冴霧は子どものように唇を尖らせた。

 ちなみにこのやりとり、おそらく両手三回分以上は繰り返している。そろそろ耳にタコが出来そうだ。

 けれど、このいかにもな演技を、いかにもな表情で、いかにもな言葉と共に転がすのは、冴霧にとってはじゃれ合いの内というか、よもや遊びの一環なのだろう。

(現にすごく楽しそうだもの。目の奥が爛々としてるというか)

 じくじくと痛むこめかみを押さえて、真宵は深く嘆息した。