翌日の金曜日から、私はみんなと一緒に練習をすることになった。女バス部員の4人は大歓迎してくれたものの、北見さんと根津さんは、まだ私の前回の様子が忘れられないようで、
「苦しくなったら、すぐに言ってね!」
「無理は禁物だからね」
 と、釘を刺された。
「出ることにしたんだ?」
 休憩中、さっきまで男バスの指導をしていた九条先輩が、壁に寄りかかって水分補給をしていた私のもとへ来た。隣で背をもたせかけた先輩にちょっと照れてしまい、
「はい、そうですけど」
 と、そっけなく返してしまう。
「ふーん」
 ほんの少し口角を上げた九条先輩は、腕組みをして私を見る。
「いろいろ克服できたってこと?」
「その最中です。まだ、完全に無くせてはいませんけど」
「なるほど」
 最近バス停でふたりきりで話していないこともあり、こんなふうに会話をするのが久しぶりだ。先週土曜日の練習試合後初めてかもしれない。あのときは……。
『人間を頼れって』
 そういえば、そう言われて、思わず私は涙を流してしまったんだった。そして、先輩と目が合って、しばらくそのままで……。
 思い出しはじめると、顔がかなり熱くなってきた。先輩の顔を見られない。 
「克服するって、無くすことじゃなくて認めることだと思うけど」
 すると、九条先輩が壁から背中を剥がしながら言った。
「はい?」
「自分の弱いところ、完全に無くさなくてもいいし、それができる人間なんていないんじゃない?」
 私は、コートへ戻ろうとする九条先輩の背中に、
「……先輩も、ですか?」
 と聞いてみた。先輩は、
「当たり前」
 と横顔で微笑んで、離れていった。
「いーなー、彼氏」
 すると、反対隣から声が聞こえる。びっくりして見ると、いつの間にか北見さんがいて、口を尖らせていた。
「何を話してるのかはわからなかったけど、いい雰囲気でさ、羨ましい」
「そんなことないよ」
 だって、本物の恋人同士じゃないのだから。
「彼女のことが心配で、声かけに来たってことでしょ? 優しい」
 “彼氏”“彼女”という呼び方に、とてつもない違和感とむずがゆさがある。反応に困り、「ハハハ」と乾いた笑い声を出すしかできない。
「それに、九条先輩、いつもは笑わないもん」
「え? ……そうかな?」
「そうだよ。男子に対しては鬼コーチだし、女子にもなかなか笑顔は見せないよ」