屋敷に戻ると、美しいドレスが用意されていた。ふんわりとしたスカートにふんだんにフリルが施された桃色のドレス。

 それを着た後、お世話係たちに化粧を施され、丁寧に梳かれた髪には銀の髪飾りがつけられた。髪飾りは、ルビーやサファイヤといった大粒の宝石を使った(ぜい)を尽くしたものだ。

 そして、首には三重の銀のネックレス。こちらには惜しみなくダイヤがちりばめられている。

 鏡台の鏡に映るのは、まるでどこかの王女様かと思うほど煌びやかで美しい大人の女性へと変貌をとげた絹子の姿。

 しかも、この半年におよぶ数々のレッスンで身に着けた気品が、その佇まいからもにじみ出ていた。体幹よくすっと背筋を伸ばして立つ姿は、半年前までの始終うつむいてばかりいた少女とはまるで別人のようだった。

「あ、ちょっと待って」

 絹子は鏡台の引き出しを開けると、そこから一つの布包みを取り出す。包みから取り出したのは、母の形見である花かんざしだった。

「これもつけられないかしら」

 絹子が頼むと、お世話係は快く引き受けてくれた。

「ほら、できました。いっそう可憐に美しくなりましたよ」

 合わせ鏡で確かめると、銀の髪飾りと合わさってより上品な可愛らしさが艶やかな髪を彩っていた。
 初めての舞踏会を母が見守ってくれているような気がして、急に心強くなる。

 ほどなくして、白と青を基調とした燕尾服を着こなした加々見が絹子を迎えにきた。

「さあ、行こうか。私の淑女(レディ)

 彼は絹子の手を取ると、恭しく膝を折った。
 絹子も、片膝を下げて優雅にお辞儀をする。

 昔、蝶子や美知華が楽しげにおしゃれして出かけていくのをただ見送るだけしかできなかった舞踏会。その場に、こんな素敵な彼と一緒に参加できるなんて、緊張とともに胸が躍った。

「それで、どこの舞踏会にいらっしゃるんですか?」

「舞踏会といえば、決まってるじゃないか。鹿鳴館(ろくめいかん)だよ。私は、人間の世界でも名前を持っていてね。あちらでは貿易商として通っているんだ」

 屋敷の前に黒塗りの立派な馬車が用意されている。
 御者も、いまは人間然とした恰好をしているが、あの人は屋敷の中で見たことがあった。いつもは三股の尻尾と猫の耳が出ている化け猫のあやかしだ。いまはその尻尾も耳も隠しているようだった。

 加々見のエスコートで馬車に乗ると、すぐに馬車は動き始める。
 橋を超えると、いつの間にか馬車は現世(うつしよ)の車道を走っていた。