「ここは、幽世(かくりよ)にある私の屋敷だよ」

 加々見はそう説明してくれるが、絹子はぽかんと口を開けたまま唖然としていた。
 その絹子の手をとり、加々見は促す。

「さあ、こちらへ。ここが今日から君の家だ。好きに使うといい」

 彼に導かれるままに橋を渡ると、見事な錦鯉が池の中を何匹もゆうゆうと泳いでいるのが見えた。橋は金箔で彩られ、細やかな細工が施されている。

 導かれるままに屋敷の立派な玄関から中に入ると、加々見はすぐに使用人たちに指示を出す。

「絹子のお世話を頼むよ。私は書斎にいるから夕餉(ゆうげ)ができたら呼んでおくれ」

「はい、旦那様。ささ、奥様、こちらへ」

 和服姿の女性たちが数人頭を下げると、絹子を奥の部屋へと連れていく。
 加々見と離れてしまうことに不安を覚えるが、彼は大丈夫だよとでもいうようににこやかに微笑んで、いってらっしゃいと手を振った。

 女性たちに連れていかれたのは、風呂場だった。
 たっぷりの湯が貯められた湯舟には水面を覆うほどの花弁が浮かべられている。
 そこであれよあれよという間に、絹子は全身を洗われ、何やら良い香りのするクリームを肌や顔に塗り込まれた。

 訳がわからずされるがままになっていた絹子。頭の中は疑問符でいっぱいになっていたが、一番奇妙に思ったことは絹子の世話をしてくれる女性たちの容姿だった。

 みな上品な和服に真っ白なエプロンを身をにつけてはいるが、その頭に狐のような尖がった黄色い耳が出ていたり、タヌキのような丸く茶色い耳をした者もいる。彼女たちは耳と同じ色の尻尾が着物の間から覗いていた。他にも指の間に水かきと頭の上にお皿のようなものがのっている者や、手足にうろこがびっしり生えた者などみな異様な様相をしていた。

 でも、彼女たちはみな一様に明るく、絹子のことをあたたかく世話してくれた。
 そこには使用人としての卑屈さやみじめさは欠片もなく、楽しく働いているという様子で、加々見の主としての器量の大きさが伺える。

(三笠家とは全然違うのね……)

 入浴が終わると、絹子は屋敷の奥にある大きな部屋へと連れてこられた。
 洋室だったが、天蓋付きの大きなベッドに机、桐のタンスなどが置かれていて、窓からは庭の立派な池がよく見渡せた。

 部屋の片隅には鏡台がある。
 三笠家で美知華が使っていた鏡台よりも、はるかに大きく豪華な三面鏡だ。

 用意された薄桃色のドレスに袖を通して、絹子は鏡台の前に座らせられる。
 お世話係の女性たちに髪を梳かれ、丁寧な化粧を施されると、鏡には華族のお嬢様方にも引けを取らない美しい女性が写っていた。

「これが……私……?」

 信じられない思いで頬に触れると、加々見の中の淑女(レディ)も頬を触る。その淑女は紛れもなく絹子だった。

「やっぱり、元が良くていらっしゃるからドレスも生えますね」

 お世話係たちも、美しくなった絹子を見て顔をほころばせる。

(なんだか、まるで夢を見ているよう……)

 加々見に出会ってから、信じられないことの連続で頭がついていかない。