次々と瓶に溜まっていく滴を眺めながら中田さんがふと呟く。

「ようやくここまで来たなぁ…」

「やっぱり…中田さんほどの職人さんでも感慨深いものですか?」

「えぇ?そりゃぁそげだわの。今年はエライ夏が暑かっただろ?おかげで米が硬うてなぁ。米のでき具合に合わせんといけんから大変だったわ」

その年の気温によって酒米のでき具合が変わる。
これは自然の摂理だから人間風情にどうにもならない。

気温が高いと米が硬くなり逆に低いと軟らかくなる。
米のでき具合によって精米も洗米も、その後の浸漬も、ひいてはすべての工程が変わってくる。

それだけ繊細なものなのだ。

「うちはな。大吟醸だけはすべての工程を手作業でするけん。今年の米は気を遣うたわ…」

フゥ―と大きな息を吐きながら中田さんはそう言った。

「すべての工程を手作業で、ですか?」

「そげだわの。精米だけはできんがな?精米された米を洗う。これは手でやらんとただでさえも削って割れやすくなっとる米だ。丁寧に扱わんと割れて使いモンにならんだろ?」

「確かに…」

大吟醸は心白を残してギリギリまで削った米を使用する。
その精米歩合は五十パーセント以下と決められている。
うちの蔵で扱う大吟醸は平均四十パーセントだ。

それだけギリギリまで削った米は手で洗ったとしても気を抜けば割れてしまう。
心白が割れてしまえば旨味の元がなくなってしまう。