「な……ぜ……」
璃鈴を動揺させないよう、龍宗はゆっくりと事の経過を話し始めた。
璃鈴の飲んだ毒は、周尚書と尚宮の伝雲が仕組んだものだったこと。その罪を被せられて飛燕と秋華が殺されそうになったこと。その二人も、無事、龍宗が助け出したこと。周尚書と伝雲は、死罪が決まったこと。
「では、どうして秋華が追放になるのですか?」
「あの娘は、お前の食事に毒をいれていたと伝雲が証言し、本人も認めたからだ」
「毒? 私は毒なんて……」
「ああ。伝雲と周尚書は秋華に確かに毒を渡していた。だが、秋華は一度もお前の口にするものには毒は入れていなかったと言っている。しかし、それは秋華自身の証言だけで証拠がない。さらには周尚書たちがそろって秋華が仲間だったと証言したこと、実際に秋華が毒を所持していたことが裁判の場で明らかになったことで、どうしても彼女を罪に問わざるをえなかったのだ。本来なら周尚書たち同様処刑となるところだったが、神族の巫女ということもあって、せめても、後宮追放の処分ですませることができた」
「そんな……」
璃鈴の震える手を、龍宗がしっかりと握った。
「璃鈴。秋華は今は安全なところにいる。だから、心配するな」
「だって……」
ぽろぽろと璃鈴の目から涙が流れる。
「秋華は、私に毒を盛るなんて、そんなこと絶対にしません」
「ああ。わかっている」
なだめるように言った龍宗に、璃鈴は首を振る。
「わかっているのに、どうして追放なんて……私の意識があったら、秋華を助けられたかもしれないのに……なんで、三日も……」
「お前だって、生死の境をさまよっていたのだ。人のことまで心配している場合ではなかっただろう」
「そんなの、秋華の辛さに比べれば!」
叫んだ璃鈴に、龍宗は眉をあげた。
「きっと秋華のことだから、毒なんて受け取ったのは私を守るためです。どうしてそうなったかはわかりませんが、自分が罪になることが分かっていても、きっと私を守ろうとしてくれたはずです」
龍宗は璃鈴の手を握りしめながら、おだやかに笑んだ。
「その通りだ。よくわかっている。お前は秋華を心の底から信じているのだな。それを聞いたら、きっと秋華も報われることだろう」
「そんなこと……秋華がここにいなければ、私は何もしてあげられない……秋華、どこに……」
泣き崩れる璃鈴を龍宗が抱きしめた。その胸にすがって璃鈴は泣いた。しばらくはあやすようにその体を抱きしめていた龍宗だが、扉を叩く音に気づいて顔をあげた。
「側仕えがいなくなっては不便であろう。それにお前も淋しいだろうと思って、新しい侍女をつけることにした」
涙で濡れた顔を、璃鈴があげる。
「誰も、秋華の代わりになど……!」
「そうか? 新しい侍女も、なかなかよい働きをするぞ? ……入れ」
龍宗の声を聞いて扉を開けた侍女は、寝台に起き上る璃鈴の姿を見て思わず持っていた水桶を落とした。
「皇后様っ!!」
足元が濡れるのにも構わずに駆け寄るその侍女を見て、璃鈴はぽかんと口をあける。
「よかった。気が付かれたのですね? ご気分はいかがですか? ずっと、ずっと眠り続けで、本当に心配致しました」
そう言って、涙を浮かべる女性は。
「秋華……?」
秋華は後宮追放になったと今聞いたばかりだ。呆然とする璃鈴に、龍宗が言った。
「紹介しよう。秋華の代わりに新しく入った春玲だ」
「春……玲?」
は、と気づいたように秋華……春玲は璃鈴の寝台の横に膝をついて礼をとる。
「つい、皇后様の御無事な姿を見て取り乱してしまいました。お見苦しい姿をお見せしてしまったことをお詫びいたします。改めまして、このたびこちらの配属になりました、春玲と申します。以前にいた侍女の代わりに、皇后様のお世話をいたします」
「春玲は、冬梅の娘だそうだ。なかなかしっかり者だぞ」
にやりと龍宗が笑う。璃鈴の頭がついていかない。
「秋華……は……」
春玲が、目に涙を浮かべて璃鈴を見つめる。
「その女性は、罪を背負って後宮を追放になり、いずこへか姿を消しました」
「皇后を毒殺しようとした秋華という侍女はもういない。あとはこの春玲に面倒をみてもらえ」
璃鈴の目にまた新たな涙が浮かんで、春玲の姿がぼやける。
「春玲……?」
「はい。なんでしょう、皇后様」
璃鈴は手をのばすと、春玲に思い切り抱きついた。
「これから……よろしくね、春玲」
「はい。皇后様」
「ずっとずっと、一緒にいてね」
「はい」
抱き合う二人を、龍宗は目を細めて見ていた。
☆
雨は、璃鈴が眠っている間も、強くなったり弱くなったりしながらずっと降り続いていた。
璃鈴の目が覚めてから、龍宗は常に璃鈴の側に付き添っていた。
「陛下、もう皇后様は大丈夫ですから、お仕事に戻ってください」
「ああ」
龍宗は春玲にそう言われて生返事をするが、長椅子に座る璃鈴の隣に寄り添って書類を読みながら、動こうとはしない。
「もう私はこの通りすっかり元通りですから」
片手で璃鈴の髪をもてあそんでいる龍宗に璃鈴が言うが、龍宗はまた、ああと適当な答えを返すだけで、いっかなそれをやめようとはしなかった。
その場で決済分の書類を調べていた飛燕が、くすくすと笑う。
「おかげで、陛下はご自分のお仕事を他の官吏に振り分けることを覚えました。その手腕に、官吏の中でも陛下の信頼度が上がってきております。陛下もよくお休みにもなられているようですし、むしろもうしばらくこちらで過ごしていただいてもよろしいくらいです」
執務室を空けるために、龍宗は自分が今まで抱え込んでいた仕事を各省に振り分けるようになった。そこで初めて龍宗のやっていた仕事が各官吏の知ることとなり、その内容の卓越さに龍宗を見直すものが続出していた。
「特に今は、議会はいろんな意味で紛糾しておりますから、どちらかといえば怒鳴り散らす陛下がいない方が官吏たちの精神衛生上、良い気が……」
「何か言ったか? 飛燕」
「いいえ。何も」
皇后暗殺に関わっていた礼部尚書がその罪で処刑されたこと、他にも幾人か朝廷内で彼に関わった者がいたことで、内部人事が大きく動いたのだ。
また、その娘であった周淑妃以下、後宮にいた妃たちは、璃鈴を除いてすべて身一つで後宮を追放された。
どうやら玉祥は父が皇后暗殺までもくろんでいたことを知らなかったようで、父が捕縛された報に本気で驚き、そして怒っていた。
後宮には、また璃鈴が一人だけ残されることとなった。
「どうぞ、飛燕様」
「ああ、ありがとうございます」
「!」
飛燕の前の卓にお茶をおいた春玲の手が、そこにあった書類をよけようとした飛燕の手に触れた。とたん、春玲があわてて手をひく。顔を赤くして目をそらした秋華に、飛燕は気づかれない程度に目を細めた。
璃鈴と龍宗は、そんな二人を見てお互いに含み笑いで目を合わせる。
飛燕に対する春玲の様子が変わったことに、璃鈴たちはすぐに気づいた。時折そうやって飛燕を意識しているような姿を幾度も目にするようになったのだ。そして、そんな春玲を愛し気に見つめる飛燕にも。
「えと、あの……長い雨ですね」
意識をそらすように、春玲が窓の外に視線を向けた。
「そうだな」
龍宗が相槌をうって、同じように外を見る。飛燕は、意味ありげな視線を龍宗に送る。
「龍宗様」
「わかっている」
男二人で分かり合う姿に、璃鈴と春玲はきょとんと目を丸くした。
☆
その夜。
「そういえば、龍宗様」
「なんだ」
相変わらず同じ寝台にありながら、龍宗は璃鈴にただ寄り添って眠る日々を過ごしていた。
今までと違うのは、龍宗が璃鈴の隣で深く眠るようになったこと、そして、目覚めれば共に朝餉を取るようになったことだ。
「龍宗様のついた嘘って、なんですか?」
屋根にあたる雨の音に耳を澄ませていた龍宗は、薄闇の中で璃鈴に目を向ける。
「以前、一つだけ私に嘘をついたと、龍宗様がおっしゃったことを思い出して」
「ああ……」
龍宗は、ごろりと璃鈴の方を向いて頬杖をつく。
「知りたいか?」
「はい」
しばらく考えてから、龍宗は、片手で璃鈴の頬に触れた。
「頃合いだな」
「え?」
「いや、こちらの話だ。お前を妻に選んだ理由……婚儀の夜に、確か話したな」
「ええと……名を覚えていたのが、私だけだったから、と」
「それは、嘘だ」
「嘘? では、他にも名を覚えていた巫女がいるのですか?」
「そうではない」
雨音が響く薄闇に、ひっそりとした龍宗の声が響く。
「璃鈴」
「はい」
「初めてお前を見た時から……俺の心はずっとお前に囚われていた」
驚いて、璃鈴は龍宗の顔を見あげる。暗闇の中でも、間近にある龍宗の顔が見て取れた。
「里に行った時に、舞を見せてくれたな」
「はい」
「幾人もいた巫女たちの中で、お前だけに目が惹かれた。黎安に帰ってきてからもお前のことがずっと頭から離れなかったが、その頃の俺には理由がわからなかった」
その時に芽生えた気持ちを、龍宗は理解することができなかった。それは、恋を知らなかった龍宗の初恋だ。自分の感情の名も知らず、ただ、璃鈴が欲しいとの思いだけが龍宗の心を占め続けた。
自分の気持ちがわからなかった龍宗は、慣れない感情に戸惑った。婚儀の前日、いてもたってもいられず璃鈴に会いに行くも、その姿を遠目に見るだけで動揺してしまい、声もかけられなかった。自分の行動に対する羞恥から、婚儀の席で璃鈴にはひどい言葉を吐いてしまった。それを龍宗は今でも悔いている。
「あの時のお前は、まだ皇后になることが可能な十六歳には達していなかった。だからお前が十六になる日を、俺はずっと待ち続けていた」
「龍宗様……」
龍宗は緩やかに顔を近づけると、璃鈴に口づける。すっかりその行為に慣れた璃鈴は、唇が離れると、ほう、と息をついた。
「今宵、お前を抱く」
言いながら、龍宗は璃鈴の上に覆いかぶさった。薄闇の中に、さらりと衣擦れの音が響く。
璃鈴が仰ぎ見る龍宗の瞳は、いつも口づけを求めてくる時と同じ熱をはらんでいた。
「抱く、とは」
わざわざそう宣言するという事は、いつものように抱きしめることとは何かが違うのだろうか。
戸惑う璃鈴に、ふ、と龍宗は笑った。
「俺と、一つになるということだ」
「龍宗様と?」
そう言われても璃鈴にとってはまだ理解できない状況だったが、わからないなりに何か素晴らしく幸せなことに思えた。
急に璃鈴の胸がどきどきと高鳴ってくる。
「私は、何をしたらよいのでしょう」
「何もしなくていい。ただ、俺のすることに身を任せろ」
意図をもって動き始めた龍宗の手に、びくりと璃鈴は体をこわばらせた。その動きを感じて、龍宗はいったん手を止める。
「怖いか?」
「いいえ。……龍宗様」
「なんだ」
「私も、一つだけ嘘をつきました」
「なに?」
きょとんとする龍宗に、璃鈴は、ふふ、と笑う。
「大っ嫌いなんて、嘘です。……本当は、大好き」
そう言った璃鈴に目を丸くすると、龍宗は笑いながら口づけを落とした。
輝加国には、伝説があった。
強い力を持った天の龍と、その龍を封じた雨の巫女が、国の最初の礎になった、と。
なぜ龍はその力を収めたのか。なぜ巫女は異形のものに嫁いだのか。
真実は、遠い遠い昔話の中。
次の朝。まだ暗い中、神楽の舞台の上には、龍宗と璃鈴の姿があった。
強い雨の降りしきる空を見上げて、龍宗がすらりと腰の剣を抜く。研ぎ澄まされた刀身を、雨が水滴となって滑り落ちていった。その横には羽扇を持った璃鈴が寄り添う。濡れてもいいように、羽毛のついていないものだ。
璃鈴の視線を受けて龍宗が頷くと、璃鈴も笑んで頷く。
そうして二人は、静かに舞い始めた。
始まりの舞。
いつか璃鈴の部屋で二人で舞ったあの舞だ。
この舞は、もともと夫婦が対となって舞うものだ。雨を呼ぶ巫女と、太陽を呼ぶ龍の血筋をひく者がこの舞を舞ったとき、伝説にあるように天の理さえ動かすことができるようになる。
だがそれには、二人が心と体、その両方を通わせ一つとなることが必要だった。歴代の皇帝の中には、体を合わせることができても心を合わせられなかった皇帝と妃ももちろんいた。そういう朝はたいてい短命に終わる。災害が多く、国の内部が乱れるためだ。
流れる雨を受けながら、ぴたりと寄り添って優雅に舞う二人の姿を見る者は、天以外には誰もいない。
「始まりましたね」
神楽からほど遠い屋根の下で、凜と胸を張って幕を見つめながら春玲がつぶやく。隣に同じように立っていた飛燕は、ちらりと春玲を見下ろした。
あたりに人影はなく、雨の音だけが二人を包んでいる。
「そうですね」
「これで、雨が落ち着くと良いのですけれど」
長雨の影響は、農作物だけでなく治水にも影響し始めていた。最近は、山の近くでの土砂崩れも多くなっていると聞く。
飛燕は、心配そうな春玲の言葉に、空を見あげた。
「少し、手伝いましょうか」
「え?」
「まだ覚えておられますか? 始まりの舞を」
春玲も璃鈴と同じく、始まりの舞はその身に沁みついている。戸惑いながら春玲は、ええと答える。
「けれど、私が始まりの舞を納めたとて、皇后様ほど天をお慰めできるとは思えません。ましてや、この雨では私が役に立つことは」
「試してみましょうか」
すらり、と飛燕は腰の剣を抜いた。誘われるままに、羽扇を持たぬ手で春玲は舞い始める。春玲の顔にみるみる驚愕の色が広がった。
ぴたりと重なる二人の舞。
璃鈴が龍宗に舞の手ほどきをしてもらったと言っていたことを、春玲は思い出した。
(ああ、そうか。この方も)
「私も、幼いころから覚えさせられたのです」
春玲の心を読んだように、飛燕が答える。
雨の巫女と重なる龍の舞。それは、皇位継承者に代々伝えられる秘伝の舞。飛燕は秘密裡に、龍宗とともに幼いころから巫女の対となるこの舞を覚えてきたのだ。
足さばきも軽やかに舞いながら、飛燕が笑んだ。
「ですが、龍宗様に聞いていたような天の息吹は私には聞こえませんね」
「天地の息吹?」
「ええ。龍宗様が皇后様と二人で舞った時には、天と地をつなぐ理を感じられたそうです」
「天と地をつなぐ理……私にも、そのようなものは感じられません」
話しているうちに、短い舞は終わった。飛燕と春玲が向かい合ってお互いを見つめる。
「やはりあのお二方でないと、天はお気に召さないようだ」
「ふふ。そうかもしれませんね」
「春玲殿」
飛燕は、春玲の澄んだ目を覗き込む。
「これからも、時々一緒に舞っていただけますか?」
「はい。もちろんです」
ほんのりと頬を上気させて、春玲は答えた。天と地の理はわからなかったが、飛燕と舞うのは純粋に楽しいと感じた。
(璃鈴様も、陛下と舞った時はとても楽しかったとおっしゃっていた。きっと、こんな感じだったのね)
「ただし、これは決して人に見せてはならない秘伝の舞です」
飛燕は、重々しく言ってから春玲の耳元にささやいた。
「ですから、一緒に舞うには、誰もいない二人きりのところで……。俺の頼みを聞いてくれるなら、いろいろと、覚悟しておいてくれ」
一瞬きょとんとした春玲がじわじわと顔を赤く染めていくのを、飛燕は笑いながら見つめていた。
璃鈴と龍宗が舞っていると、次第に雨が弱くなってきた。なおも舞を続けていると、幕の向こうから久しぶりの朝日がさしてくる。
雨が上がったのだ。
舞を終わらせて向かい合って見つめあった璃鈴に、龍宗は触れるだけの口づけを落とした。
「疲れたか?」
「いいえ。とても、楽しかったです」
微笑む璃鈴に、龍宗も微笑む。
「本当に、天地と一つになるのですね」
舞を舞っている間、璃鈴は不思議な感動を覚えていた。いつか部屋で龍宗と共に舞ったとき、体中が粟立つような心地がしたが、今日のそれはあの時の比ではなかった。
体中に天のそして地の気が流れ込んでくるのがわかった。大気に霧散していきそうになる身体を繋ぎとめてくれたのが、龍宗の存在だ。強烈な力で璃鈴の身体を引き留めて、舞わせてくれた。
「雨の巫女の力は、もともとは龍の中にあったものだそうだ」
眩しそうに陽の光を見上げながら、龍宗が言った。
「神族の巫女は、自分の身の内に龍が持っていた雨を司る力を封じた。そして龍の持つ日の力と、巫女のもつ水の力が互いに相殺する形で、力の均衡を保つことができるようになったのだそうだ。だから、どちらの力に傾向けば、大地は乱れる。二人が心を通わせることこそ、天の安定を保つために重要なのだそうだ」
「ただの神話ではなかったのですね」
自身が雨を呼ぶ力がある事を知っていても、龍宗の話はすぐには信じられないものだった。
「代々そう伝えられるが、本当のところは誰も知らぬ」
そんな璃鈴に視線を移して、龍宗は笑んだ。
「俺も初めて聞いた時は半信半疑だったが……今日初めて、その意味を理解した気がする」
龍宗も、父から聞いた時はまさかと思った。まるでおとぎ話のようだと。皇帝の証として伝承された舞も、ただの儀式的なものだろうとしか思っていなかった。
けれど、雨に溶けそうになる璃鈴の儚い姿に、全身が引き寄せられるような引力を感じた。その流れに逆らうことなく身を任せれば、二人の力が混ざり合ってさらに強力な力へと育ちそれが天に昇っていく実感を持つことができた。
「私たち、本当にこの国を守れるのですね」
璃鈴の脳裏に、黎安へ来るまでの道中で目にした街の姿が目に浮かぶ。
あの時の璃鈴には、まだ彼らを救う力がなかった。疲れ果てた人々を見ても、手を差し伸べることができなかった。
だが、今なら。きっと今なら、天の力を借りて大地に恵みをもたらせる。それが、璃鈴には嬉しかった。
「龍の末裔とはいえ、特段、変身するわけでもないがな」
そう言って龍宗は自分の手を見つめる。その体は、普通の人間と何ら変わらない。璃鈴は、ふふ、と笑った。
「陛下の激しい気性は、暴れる龍に由来するものなのかもしれませんよ?」
「かもしれん。だから、俺を制御するのはお前の役目だ。しかと頼んだぞ」
「はい」
笑顔で答えた璃鈴だが、龍宗に近寄ろうとして踏み出した足がもつれる。
「きゃっ」
「璃鈴」
龍宗は手をのばしてその体を支えた。
「すみません」
舞っている間は平気だったのだが、気が抜けたとたん、急に足元がおぼつかくなった。
「夕べのこともある。まだ、体がつらいだろう。よくがんばったな」
言われて昨夜の閨を思い出し、璃鈴は、か、と頬を染めた。
璃鈴にも、ようやく夫婦の契りの意味がわかったのだ。初めて感じた悦びと激しい痛みの中で璃鈴は、ただ龍宗の名を呼び続けることしかできなかった。そんな璃鈴を、時に優しく時に激しく、龍宗は快楽の頂点へと導いてくれた。
(で、でも、あんな格好で……何にもわかんなくなって……!)
両手で顔を覆いながら恥じらう璃鈴を見て、龍宗はくつくつと微笑む。
「今日は一日、ゆっくりと休むがいい」
言うが早いか、龍宗はその小さなからだを軽々と抱き上げた。
「あのっ、自分で、歩けますっ」
「俺がこうしたいのだ」
龍宗は、抱き上げた璃鈴の頬に口づける。
「相変わらず羽のように軽いな」
「そこまで軽くはありません」
「では、天女を抱いているようだとでも言おうか?」
さらに赤くなった璃鈴を見て龍宗は笑った。それを見て、ぷ、と璃鈴は頬を膨らませる。
「龍宗様、意地悪です」
「意地悪だと嫌いになるか?」
「そんなこと……わかってらっしゃるでしょう?」
「さあな」
龍宗は璃鈴を抱いた手に力をこめ、耳元で囁いた。
「今夜、ゆっくり聞かせてもらおう。……床の中でな」
璃鈴はもう何も言えずに、その胸に顔をうずめてしまう。
朝日を浴びながら二人は、彼らを待つ人たちの元へと戻っていった。
【終】