ふ、と璃鈴は目を開いた。
あたりは暗闇だ。
目を開いているのか閉じているのかもわからない暗闇の中で、璃鈴はただぼんやりとしていた。意識がもうろうとしていて、何も考えることができない。なにかとても大事なことを言い忘れているような気がする。
(私、なんでこんなところにいるのかしら)
身体中がだるく、ひどく眠かった。もう一度目を閉じようとした時、目の前にぼうっと光る何かが現れた。暗闇に慣れた目にはわずかな光も眩しく、璃鈴は目を細めてその光を見つめる。それはどうやら人らしく、音もなく璃鈴に近づいて来る。すぐ目の前までくると、その人は璃鈴に話しかけてきた。
「毒は、宮城の薬師によって中和されました。もう大丈夫ですよ」
璃鈴は一生懸命その人影をみつめるが、明るい光を背にしたその人物の顔はよく見えない。かろうじて、優しい声と柔らかな雰囲気から女性であることがわかるだけだ。
「毒……? あなたは……」
璃鈴の問いに答えることなく、急速にその女性は遠ざかっていく。もしかしたら遠ざかっているのは璃鈴の方かもしれないが、よくわからなかった。
ただその女性の声だけが、途切れ途切れに届く。
「……あの子を……どうか…………お願い……」
「待って! あの子、って……!」
璃鈴は必死に、その光に向かって手を伸ばした。
☆
「……璃鈴!」
伸ばした手を、誰かが掴んだ。温かい手だった。気がつくと、あたりが明るくなっている。
「璃鈴」
ぼやけた視界がもどかしくて何度か瞬きすると、次第に視野が鮮明になってくる。
目の前には、心配そうな龍宗の顔があった。
「龍宗 さま……」
声がかすれて、うまくしゃべれない。眉を寄せた璃鈴に、それでも龍宗は、ほ、とした表情になった。
「よかった……目が、覚めたな」
「私は……」
「覚えているか? お前は毒を飲んだんだ」
言われて、記憶が戻ってきた。
(そうだ。伝雲たちが部屋に来て……お茶に、毒が入ってるって……)
自分は、そのお茶を飲みほしたのだ。璃鈴は、自分の手を握っていた龍宗の手を握り返す。その感触で、これが夢ではないことを実感した。
「本当に毒が入っていたのですね。……よかった。生きてる」
「当たり前だ。死んでたまるか」
璃鈴が無事なのを確認して、龍宗は大きく息を吐いて肩を落とした。が、すぐに顔をあげると眉をつりあげる。
「お前は本当に馬鹿だな! 死んでしまったら相手の思うつぼだぞ!」
「でも、生きているのでいいじゃないですか」
「それはたまたまだ! 渡されたものが毒だとわかったあの女官が、半分をただの茶にすり替えていたのだ。そうでなければ、お前の目が二度とは開くことがなかったのだぞ!」
どなりつける龍宗の剣幕に、璃鈴は驚いて肩をすくめる。
「半分……ですか?」
「ああ。それくらいなら、警告ですむと思ったらしい。故郷の家族を人質にとられて周尚書たちの言うことに逆らえなかったらしいが、それでもお前が殺されてしまうことを黙って見ていられなかったんだそうだ。結局、半分ですら致死量に近かったために、お前は死にかけたのだがな。とんでもない毒を使ってくれたものだ」
忌々しそうに龍宗は吐き捨てるが、その目は今にも泣きそうに見えた。龍宗のそんな顔は初めて見る。
「龍宗様……」
「あまり、心配させるな」
小さく言った龍宗の手が、小刻みに震えていることに璃鈴は気がついた。
「ご心配をおかけいたしまして、申し訳ありません」
「二度と、あんな真似はするな」
「それは……約束できません」
あたりは暗闇だ。
目を開いているのか閉じているのかもわからない暗闇の中で、璃鈴はただぼんやりとしていた。意識がもうろうとしていて、何も考えることができない。なにかとても大事なことを言い忘れているような気がする。
(私、なんでこんなところにいるのかしら)
身体中がだるく、ひどく眠かった。もう一度目を閉じようとした時、目の前にぼうっと光る何かが現れた。暗闇に慣れた目にはわずかな光も眩しく、璃鈴は目を細めてその光を見つめる。それはどうやら人らしく、音もなく璃鈴に近づいて来る。すぐ目の前までくると、その人は璃鈴に話しかけてきた。
「毒は、宮城の薬師によって中和されました。もう大丈夫ですよ」
璃鈴は一生懸命その人影をみつめるが、明るい光を背にしたその人物の顔はよく見えない。かろうじて、優しい声と柔らかな雰囲気から女性であることがわかるだけだ。
「毒……? あなたは……」
璃鈴の問いに答えることなく、急速にその女性は遠ざかっていく。もしかしたら遠ざかっているのは璃鈴の方かもしれないが、よくわからなかった。
ただその女性の声だけが、途切れ途切れに届く。
「……あの子を……どうか…………お願い……」
「待って! あの子、って……!」
璃鈴は必死に、その光に向かって手を伸ばした。
☆
「……璃鈴!」
伸ばした手を、誰かが掴んだ。温かい手だった。気がつくと、あたりが明るくなっている。
「璃鈴」
ぼやけた視界がもどかしくて何度か瞬きすると、次第に視野が鮮明になってくる。
目の前には、心配そうな龍宗の顔があった。
「龍宗 さま……」
声がかすれて、うまくしゃべれない。眉を寄せた璃鈴に、それでも龍宗は、ほ、とした表情になった。
「よかった……目が、覚めたな」
「私は……」
「覚えているか? お前は毒を飲んだんだ」
言われて、記憶が戻ってきた。
(そうだ。伝雲たちが部屋に来て……お茶に、毒が入ってるって……)
自分は、そのお茶を飲みほしたのだ。璃鈴は、自分の手を握っていた龍宗の手を握り返す。その感触で、これが夢ではないことを実感した。
「本当に毒が入っていたのですね。……よかった。生きてる」
「当たり前だ。死んでたまるか」
璃鈴が無事なのを確認して、龍宗は大きく息を吐いて肩を落とした。が、すぐに顔をあげると眉をつりあげる。
「お前は本当に馬鹿だな! 死んでしまったら相手の思うつぼだぞ!」
「でも、生きているのでいいじゃないですか」
「それはたまたまだ! 渡されたものが毒だとわかったあの女官が、半分をただの茶にすり替えていたのだ。そうでなければ、お前の目が二度とは開くことがなかったのだぞ!」
どなりつける龍宗の剣幕に、璃鈴は驚いて肩をすくめる。
「半分……ですか?」
「ああ。それくらいなら、警告ですむと思ったらしい。故郷の家族を人質にとられて周尚書たちの言うことに逆らえなかったらしいが、それでもお前が殺されてしまうことを黙って見ていられなかったんだそうだ。結局、半分ですら致死量に近かったために、お前は死にかけたのだがな。とんでもない毒を使ってくれたものだ」
忌々しそうに龍宗は吐き捨てるが、その目は今にも泣きそうに見えた。龍宗のそんな顔は初めて見る。
「龍宗様……」
「あまり、心配させるな」
小さく言った龍宗の手が、小刻みに震えていることに璃鈴は気がついた。
「ご心配をおかけいたしまして、申し訳ありません」
「二度と、あんな真似はするな」
「それは……約束できません」