「璃、璃鈴様っ!」

「秋華、どうしたの。そんなにあわてて」

 次の日、璃鈴が朝餉を終えてのんびりしていると、冬梅に呼ばれて出て行った秋華が転げるように部屋に戻ってきた。

「冬梅は、なんのご用事だったの? 今朝からなんだか騒がしかったけれど、その件かしら?」

「実は……」

 秋華の説明に、璃鈴も思わず立ち上がった。


  ☆


 後宮の一画には、大きな談話室がある。大きな窓に囲まれた明るく広い部屋には、妃嬪たちがゆっくりくつろげるような調度が揃えてあった。お茶を飲んだり歓談したりするための場所だ。そう、璃鈴は聞いている。

 璃鈴がその談話室に入ると、そこには三人の艶やかな女性が座っていた。璃鈴が入ってきたことに気づいただろうが、彼女たちはちらりと璃鈴を一瞥しただけで、立ち上がる気配もない。これに憤慨したのは秋華だ。


「あなたたち、皇后のおでましであります。あいさつを」

 気色ばんだ秋華の声にも、彼女たちは態度を崩さない。

「皇后と言っても、形ばかりの立場でしょう?」

 そのうちの一人がけだるげに言った。立ったままその言葉を聞いている璃鈴を、頭から足の先まで、無遠慮に視線を走らせる。


「へえ。思ったより子供じゃない。ねえ、見ればわかるでしょう? 私たちは、身分、美貌、知性、すべてを兼ね備えた選ばれた大人の女性なの。あなたと違って、陛下の身も心も満足させることができるわ。かび臭い因習に従って迎えた子供なんて、おとなしく部屋に籠っていればいいのに」

「そんなことを言うものではないわ、明貴。申し訳ありません、皇后様。彼女は緊張のあまり、こころにもないことを口走っているのです」

 三人の真ん中にいた女性が諌めるが、口調は全く悪いとは思っていないのがありありとわかる。彼女が立ち上がると、渋々と言った感じで両側の二人も立ち上がった。


「はじめてお目にかかります、皇后様。私は周玉祥。この度淑妃としてこの後宮にまいりました。以後、よろしくお願いいたします」

 軽く頭を下げたその挨拶は、貴人に対する礼ではなかった。そしてその間も、値踏みするような視線を璃鈴に投げかけている。

「こちらが徳妃の孟明貴、賢妃の朱素香です。では」

 それだけ言うと、玉祥と名乗った女性は、他の二人を従えるようにして談話室を出て行った。その様子を見れば、どうやら三人は以前よりの知り合いらしかった。


「後宮に新しい妃が入ること、秋華は何か聞いていたの?」

 その後ろ姿を見ながら、困惑したように璃鈴が秋華に問うた。

「いいえ! むしろ、あの冬梅が動揺して私に連絡してきたくらいですから、こちらでは誰も知らなかったのだと思います」

 今日の早朝になって、急に妃が入ることが後宮に通達された。あわてて女官たち総出でそれぞれの宮のあつらえを行わなければならなかったので、朝から後宮はとんでもない大騒ぎだったのだ。


 璃鈴は、複雑な気持ちで秋華に聞いた。

「ねえ、秋華」

「なんでございましょう」

「あの方たちと……私、仲良くなれるかしら」

 妃たちの態度にまだかりかりと腹をたてていた秋華は、思いかげない璃鈴の言葉に目を丸くする。


「仲良く……ですか?」

「ええ」

 言いながら璃鈴は、誰もいなくなった談話室を見渡した。