ドングリ食堂は、キタリスとクロクマが開いているレストランです。
キタリスは、シチューなどの煮込み料理が得意です。
クロクマは、タルトなどのケーキが得意です。
もちろん、他の料理もとってもおいしいので、お客さんが来ない日はありません。
遠く離れた町から、週一回も通ってくる常連さんまでいました。
***
農場の白ウサギが帰って行くのを見送って、キタリスは食堂の台所に戻りました。
キャンディを、包んでいるハンカチごとテーブルに置きます。
台所の床の、調理台と調理台の間に、大きな黒いフカフカが寝そべっていました。
クロクマです。
夜、お菓子のつまみ食いをしていたのでしょう。
ビスケットの開いた箱が横に放り出されています。
口周りをお菓子のかけらで汚したまま、クロクマはすぴーすぴーと寝息を立てています。
この様子を見て、キタリスはため息をつきました。
虫歯になって後悔するのはクロクマです。
だから、キタリスはもう何も言いません。
むしろ、今まで何度言っても、このつまみ食い寝が全然治らなかったので、いっそ後悔してしまえ、と思っています。
それより、外の食材を中に運んでもらわなくてはいけません。
キタリスは、クロクマのおなかの上に飛び乗りました。
ぽいんぽいんと、その上で跳ねます。
「おい! 起きろよ! そろそろランチの仕込み始めんぞ!」
「んー……。もう食べられない……。」
「お前が食べるんじゃねーよ! 作るんだよ!」
キタリスの声に反応したのか、クロクマはむにゃむにゃと寝言をこぼしました。
キタリスは怒って、クロクマの鼻をフサフサのしっぽでぶちました。
それでもクロクマは起きません。
キタリスは、もう一度ため息をついて、クロクマのおなかから降りました。
もうクロクマのことは放っておいて、自分の仕事を始めようと思ったのです。
今日のランチのメインは、香辛料のきいたチキンスープです。
キタリスは、小さな体で、昨日洗っておいた大きな寸胴鍋を運びます。
コンロに、どしんっと鍋を置いて、さて、と振り返りました。
その時、テーブルに置いたキャンディのことを思い出しました。
せっかくもらったのだし、一つ食べてみよう。
一つつまんで包みを開き、ぽんっと口にほうりました。
ミルクがなかなか濃厚です。
ハチミツの香りが鼻を抜けます。
なかなか好みの味です。
キャンディをもごもごとなめていると、視界のはじでクロクマが動きました。
クロクマの手がペチペチと床をたたいています。
鼻をすんすんと鳴らしています。
起きているわけではなさそうです。
キタリスは、それをしばらく無言で眺めると、キャンディをもう一つ手に取りました。
恐る恐るクロクマへと近づきます。
「おーい?」
クロクマの鼻の前で、キャンディを振ってみました。
すると。
「ホットミルク!」
大きな声と共に、クロクマがガバリと起き上がりました。
びっくりして、キタリスはキャンディを落としてしまいました。
「キャンディだ!」
クロクマは、すぐにそれをみつけて、目を輝かせました。
ひょいっと拾い上げて、ぱりっと包みを開いて、ぱくっと食べてしまいました。
にこにこ笑って、キタリスを見下ろします。
「おいしい! これ、どうしたの?」
「ユキがくれたんだよ。」
キタリスが、あきれた声で答えます。
クロクマは、きょとんとして、裏口へ目を向けました。
「ウサギ達、もう来たの?」
「もうとっくに帰ったよ。早く、野菜中に入れてくれよ。」
キタリスは、ため息をつきながら、クロクマの腕をペチペチたたきました。
クロクマはのそのそと立ち上がり、外へ出て行きます。
すぐに、野菜の箱を抱えて戻ってきました。
そして、元気に宣言します。
「今日のデザート、ハチミツケーキね!」
「はぁっ? 昨日、チーズパイだって言ってただろ!」
「えー? 良いじゃんっ。今日はハチミツケーキなの!」
クロクマが、どんっと箱を置きます。
キャンディをもう一つ食べてから、次の箱を取りに外へ出て行ってしまいました。
わくわくと楽しそうにしている、その背中を見て、キタリスはまたまたため息をつきます。
クロクマは気分屋で、急なメニュー変更は珍しいことではありません。
キタリスは、キャンディののったハンカチを引き寄せました。
そこからキャンディを一つ取って、調理台の引き出しに隠します。
キタリスが一つなめ終わる前に、クロクマが全て食べてしまう気がしたからです。
案の定、クロクマは台所に戻ってくると、また一つ、キャンディをぽいっと口に入れました。
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