ウサギ達の農場は、森の外れにありました。

 ある日の夜、寝ていると、外からとっても大きな音がして、白ウサギは飛び起きました。
 まるで怪物が歌っているような不気味な音が鳴りやまず、白ウサギは震えました。
 一晩中、お母さんが抱きしめてくれました。

 朝になり、みんなで家の外に出て、びっくり。
 大事な野菜を守るビニールハウスが、破けたり、ひっくり返ったりしていました。
 強い強い、風のせいでした。

 急いで直さなくてはいけません。
 野菜の無事も確認しなくてはいけません。
 でも、約束の時間までに、野菜をエダツノ屋とドングリ食堂に届けなくてはいけません。

 白ウサギは言いました。

「わたし、一人で届けられるよ! だから、お兄ちゃんはみんなを手伝ってあげて。」

 毎日行っているのです。
 一人でも道は分かります。
 泣き虫で怖がりな自分ですが、大変な時こそ、みんなの役に立たなくてはいけません。

 みんなは心配しましたが、やはり、畑を直すのに人手が欲しかったのでしょう。
 白ウサギを送り出してくれました。

 ***

 白ウサギは情けない気持ちでいっぱいでした。

 遅刻してしまったうえに、野菜を運び入れるのを、シカさん達にやってもらってしまいました。
 お客さんに迷惑をかけるなんて、一番やってはいけないことです。
 しかも、心配してくれたキツネ先生に、失礼な態度を取ってしまいました。

 白ウサギは、大きな動物が何だか怖くて、上手にお話が出来ないのです。
 それでつい、お兄さんウサギの後ろに隠れてしまうのでした。

 しかし、いつまでも落ち込んでいるわけにはいきません。
 荷車に半分残っている野菜を、ドングリ食堂に届けなければいけません。

 白ウサギは、手に足に、耳の先にまでぐぐっと力を込めて、荷車を引っぱりました。
 ドングリ食堂に向かって、森を進みました。

 ***

 ドングリ食堂の、オレンジ色の屋根が見えてくると、白ウサギはほっとしました。
 ギリギリ時間に間に合いそうです。

 その時、ビュウッと強く冷たい風が吹きました。
 白ウサギは思わず、目をつぶって、ぎゅうっと体を縮めました。

 ばさっと布がひるがえる音がして、白ウサギの小さな頭が、冷たい風にさらされます。
 びっくりして目を開けると、赤い頭巾がひらっと飛んで行くのが見えました。
 結び目が緩んでいたのでしょうか。
 白ウサギの頭巾が、飛ばされてしまったのです。

 頭巾は、高い木の枝に引っかかりました。
 白ウサギは荷車から離れて、木の根元まで行きました。
 枝を見上げます。

 背伸びしたって、跳ねたって、届きません。
 白ウサギは、木登りが得意ではありません。
 あそこまで登れません。

 白ウサギは、にじんだ涙をぐいっとぬぐいました。
 また遅刻するわけにはいきません。
 頭巾は放っておいて、配達を優先しなくては。
 白ウサギは、荷車へ戻ろうとしました。

「ユキ? どうしたんだ?」

 目の前に、コック帽を被ったリスがひょこっと現れました。
 毛の長い耳と、明るい茶色一色のフサフサした体。
 ドングリ食堂のキタリスです。

 キタリスは、心配そうに白ウサギの顔を見上げていました。
 そして、コック帽が落ちそうなほど首をそらせて、枝の頭巾に気がつきました。
 キタリスが、白ウサギの手をぽんぽんとたたきました。

「ちょっと待ってな。」

 キタリスは、するするっと滑るように木を登りました。
 そして、あっという間に頭巾を捕まえると、またするすると降りてきました。
 ぽかんとしている白ウサギの手に、頭巾を返してくれました。

 キタリスは不思議そうに荷車を振り返ります。

「ユキ一人か? 大変だったろ。」
「だいじょうぶです。すぐ運びますっ。」

 白ウサギは急いで荷車に戻ります。
 白ウサギが荷車を引くのを、キタリスは後ろから押して手伝ってくれました。

 ドングリ食堂の裏口に着くと、キタリスは言いました。

「その辺にどんどん積んでいいぞ。俺達が中に運ぶより、クロクマにやらせた方が早いだろ。」

 キタリスは、フサフサのしっぽを揺らして、食堂の中へ戻ろうとします。
 そこでようやく、白ウサギは自分が手に握ったままの頭巾のことを思い出しました。

「あ、あ、ま、待ってください!」

 白ウサギが叫ぶと、キタリスが立ち止まってくれました。
 白ウサギはきょろっと荷車に視線を巡らせて、キャンディの白い袋をみつけました。
 急いで袋を開けて、中のキャンディを数個、桃色のハンカチで包みます。
 その包みをキタリスへ差し出します。

「ありがとうございました。その、もらいもので、申しわけないんですけど、良かったら……。」
「別に、礼をされるようなこと、してないだろ?」

 キタリスが困ったように言いました。
 白ウサギは首を横に振ります。

 本当に困っていたところを助けてもらったのに、お礼が少しも出来ないなんて、それこそ困ってしまいます。
 そう考えて、白ウサギは思いました。
 そうだ。
 今日は、みんなに助けてもらってばかりでした。

 キタリスはポリポリとほほをかきながらも、受け取ってくれました。
 白ウサギは張り切って、荷車から野菜を下ろします。
 そして、ある決意をしました。

 明日は、お兄さんの後ろに隠れずに、うつむいたりもせずに、みんなにきちんとあいさつします。
 そして、シカさん達とキツネ先生に、改めてお礼を言うのです。


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