キツネ先生は、森に住む音楽家の一人です。

 森の音楽家達は、よく町へ公演に行きます。
 でも、キツネ先生は、ほとんど町に行きません。
 年に二回ほど、一番仲良しのタヌキさんに頼まれて出演するぐらいでした。
 普段は、森で子ども達に歌や楽器を教えて暮らしています。

 冬のこの時期になると、キツネ先生はちょっぴり忙しくなります。
 ママさんコーラス部のコーチや、パパさんバンドのアドバイザーなどを頼まれるからです。

 ***

 キツネ先生は、毎朝エダツノ屋に買い物に行きます。
 昨日も、夜遅い時間までバンドリーダーのモグラさんから相談を受けていました。
 だから、とっても眠いのですが、どうしても朝早くから店に行きたい理由があるのです。

 店の前まで来て、キツネ先生は辺りを見渡しました。
 そして、目当てのそれが見当たらないことに、しょんぼりと肩を落としました。
 会いたかった相手は、もう帰ってしまったようです。

 それでも、買い物をしないと、朝ご飯にするものがありません。
 キツネ先生は店に入りました。
 サラダ用のニンジンを買おうと、野菜の棚まで来て、足を止めました。
 なんと、野菜の棚が、ほとんど空っぽだったのです。
 思わず、目をまん丸にして、棚を見つめてしまいました。

 そうしていると、ガラガラと木の車輪が転がる音が遠くから近づいて来ました。
 その音を聞いて、カウンターにいたシカのおばさんが顔を上げました。
 車輪の音が、店のそばで止まりました。
 キツネ先生もおばさんも、戸口へ目を向けます。

 そこに、赤い頭巾を被った白ウサギが一人、駆け込んできました。

 白ウサギは、カウンターまですっ飛んで行って、ペコペコと頭を下げました。

「すみませんっ。遅れてしまって。すみませんっすみませんっ。」

 白ウサギは、農場の末っ子です。
 毎朝、エダツノ屋に野菜を配達に来るのですが、どうやら今日はそれが遅れてしまっていたようです。

 おばさんは、ほーっと息をつくと、カウンターから出てきて、白ウサギのほほに触れました。

「まあ、まあ、ユキちゃん。心配したのよ。無事で良かった。お兄ちゃんは? 表にいるの?」

 おばさんの問いかけに、白ウサギが首を横に振りました。

「いえ、その、今日は、わたしだけ、です。」
「まあっ。どうしたの? お兄ちゃん、具合が悪いの?」

 おばさんが問いを重ねると、白ウサギはまた、首を横に振りました。

「ちがいます。元気です。ただ、ちょっとビニールハウスが壊れちゃって、そっちを手伝ってるんです。」
「ああ。昨日の夜は、風が強かったもんね。」

 おばさんはこくこくとうなずいてから、はっと目を見開きました。

「あら、やだ。ユキちゃん、一人で荷車を引いてきたの? 大変だったでしょう? しばらく、うちで暖まっていきなさい。荷物を下ろすのは、うちのにさせるから。」

 おばさんは早口にそう言って、息子達に指示を出してしまいました。
 あっという間で、白ウサギは口を挟むひまがありませんでした。
 困り顔の白ウサギをイスに座らせると、おばさんは温かいお茶を渡しました。
 しかたなく、白ウサギはお茶に口をつけます。
 その間に、野菜が運び込まれていきます。

 棚に並べられていくニンジンをちらっと見て、キツネ先生は白ウサギに近づきました。

「おはよう。」
「お、おはようございます。」

 キツネ先生が声をかけると、頭巾の下で白ウサギの耳が、びくぅっと跳ねました。
 白ウサギはカップで顔を隠してしまいます。

 毎朝会って、こうしてあいさつしているのに、白ウサギはなかなかキツネ先生になれてくれないのです。
 いつも一緒に配達に来ているお兄さんウサギは、元気よくあいさつを返してくれるし、世間話だってしてくれるのに。
 白ウサギの方は、お兄さんの後ろに隠れてしまうのです。

 野菜が運び終わるまで、まだ時間がかかりそうです。

「荷車、一人じゃ重かったでしょう。大丈夫だった?」
「だいじょうぶ、です。」

 なんとか話を続けたくて、先生がそう聞くと、答えはカップの下から返ってきました。
 頭巾からちらっとのぞいている、白ウサギの耳がぷるぷると震えています。

 それを見ていると、何だかとっても悲しい気持ちになりました。
 仲良くなることは、出来ないのでしょうか。

 ため息をつきそうになった時、お菓子の棚にある、キャンディの袋が目にとまりました。
 昨日、教えている子どもの一人がくれたものと同じでした。

 キツネ先生は思わず、キャンディを二袋手に取りました。
 おばさんにお金を払います。
 袋の一つを、白ウサギへ差し出しました。
 白ウサギの大きな目が、パチパチとまたたきます。

「これ、オススメなんだ。良かったら、どうぞ。」
「あの、でも。」

 キツネ先生の言葉に、白ウサギがカップの下でもごもごと応えます。

「今日は畑の方大変みたいだから、みんなにお土産ってことで。ダメかな?」

 もう一度、押しつけるように差し出すと、ようやく受け取ってくれました。

 カップをカウンターに置いて、白ウサギはじぃっとキャンディを見つめています。
 ちょっと強引だったかな、とキツネ先生が心配していると、白ウサギが顔を上げました。

「あの、ありがとうございます。」

 恥ずかしそうに笑って、

「キャンディ、好きです。」

 そう言って、今度はキャンディの袋で顔を隠してしまいました。


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