「一心、うまかったよ」
「食べただけで、秋の気分になっちゃいました。量もちょうどいいです」
一心さんは、私たちふたりのすっかり空になったお皿を見て「そうか」と口角をあげる。――が、すぐに唇を引き結んでおやっさんを見つめた。
「……で、おやっさん。なにがあったんだ。一年以上も音信不通で」
心配と怒りがないまぜになったような表情。自分の恩人が音信不通になったら、そりゃあ心配するだろう。責めたくなってしまう一心さんの気持ちはよくわかる。
「いろいろあって忙しかったんだ」
「家に電話をかけても居留守を使われていたのは知っている」
おやっさんははぐらかすけれど、一心さんは『そんな答えでは許さない』というふうに追及の手をゆるめない。
「ああ、バレていたかあ。一心はそのへん、にぶいと思ったんだがなあ」
悪びれずに苦笑するおやっさん。一心さんはカウンターテーブルに両手をつき、はあ、とため息をついた。
「……どれだけこっちが心配したと思ってるんだ」
怒りをにじませた一心さんの声色に、私はドキッとなる。でもおやっさんは、自分の子どもを見るような、慈愛に満ちた瞳で一心さんを見ていた。
「こんなに心配してくれるのは、一心くらいだな。ありがたいよ」
その一言で、私はおやっさんが、責められるのも怒られるのも承知でここに来たことを悟る。
おやっさんは、笑顔のまま手を胸の前で組んで、少しかすれた声で言葉を吐き出した。
「亡くなったんだよ、妻が。ちょうど一年くらい前にね」
一心さんが、息をのむ。私も、目を見開いたまま首を動かせなかった。
「葬式とか、四十九日とか、終わったらすっかり気が抜けちゃってね。あんまり人と話す気にならなかったんだよ。一年たって喪が明けて、やっと外に出る気にもなったというわけだ」
口調はごく普通なのに、おやっさんの表情には疲れがにじんでいる。そのくらい、精神も肉体も削られた出来事だったんだ。
おやっさんは奥さんを愛していたんだな、と、一年がたっても遠い目をするおやっさんを見て思った。遠くを見るときは、奥さんのことを思い出していたのだと。
「食べただけで、秋の気分になっちゃいました。量もちょうどいいです」
一心さんは、私たちふたりのすっかり空になったお皿を見て「そうか」と口角をあげる。――が、すぐに唇を引き結んでおやっさんを見つめた。
「……で、おやっさん。なにがあったんだ。一年以上も音信不通で」
心配と怒りがないまぜになったような表情。自分の恩人が音信不通になったら、そりゃあ心配するだろう。責めたくなってしまう一心さんの気持ちはよくわかる。
「いろいろあって忙しかったんだ」
「家に電話をかけても居留守を使われていたのは知っている」
おやっさんははぐらかすけれど、一心さんは『そんな答えでは許さない』というふうに追及の手をゆるめない。
「ああ、バレていたかあ。一心はそのへん、にぶいと思ったんだがなあ」
悪びれずに苦笑するおやっさん。一心さんはカウンターテーブルに両手をつき、はあ、とため息をついた。
「……どれだけこっちが心配したと思ってるんだ」
怒りをにじませた一心さんの声色に、私はドキッとなる。でもおやっさんは、自分の子どもを見るような、慈愛に満ちた瞳で一心さんを見ていた。
「こんなに心配してくれるのは、一心くらいだな。ありがたいよ」
その一言で、私はおやっさんが、責められるのも怒られるのも承知でここに来たことを悟る。
おやっさんは、笑顔のまま手を胸の前で組んで、少しかすれた声で言葉を吐き出した。
「亡くなったんだよ、妻が。ちょうど一年くらい前にね」
一心さんが、息をのむ。私も、目を見開いたまま首を動かせなかった。
「葬式とか、四十九日とか、終わったらすっかり気が抜けちゃってね。あんまり人と話す気にならなかったんだよ。一年たって喪が明けて、やっと外に出る気にもなったというわけだ」
口調はごく普通なのに、おやっさんの表情には疲れがにじんでいる。そのくらい、精神も肉体も削られた出来事だったんだ。
おやっさんは奥さんを愛していたんだな、と、一年がたっても遠い目をするおやっさんを見て思った。遠くを見るときは、奥さんのことを思い出していたのだと。