「色恋に疎かった私は、彼が私を"妻"とするべく、今のうちに多くを知ろうとしてくださっているのだと、自分のいいように理由をつけておりました。己の未熟さに気が付いたのは、縁談から三か月が経とうとしていた、ある日の夕暮れのことでございます。申し訳ないと、あの方は突然、我が家の門前で頭を下げられたのです。やはりこの縁談は受けられないと。どうしても添い遂げたい相手がいるのだと、あの方はおっしゃりました。父は激怒し、金輪際、何があろうと姿を見せるなと追い出しましたが、私の心中には悲しみよりも、別の想いが強く宿っておりました。あのお方が振り切ろうとしても叶わなかった、唯一のお相手を知りたい。……今思えば、嫉妬、だったのかもしれません」
彼女は一度空を仰ぐと、再び顎を落とし、
「逃げるようにして家を移ったというそのお方を、こっそりと探しました。するとそう経たずして、そのお方は現世へ向かったのだと教えてくれる者が出てきました。私はそれまで、一度も現世に赴いたことはありませんでしたが、ただ彼のお相手を知りたい一心で現世に参りました。……こちらに来てすぐに、見つかりました。あのお方は、人間の女性と"ヒト"として生きておられたのです」
「! それって、例の"化け術"ってやつ……?」
尋ねた私に、彼女が「その通りでございます」と頷いた。
やった! と心中で両手を放り投げたのもつかの間、私は疑問に駆られ「え、ちょっと待って」と眉根を寄せた。
「それってあくまで、人間の姿に化けれるって術よね? あやかしって、人間として生きるなんてことができるの?」
あやかし事情に詳しかった男に戸惑いの視線を向けると、彼は億劫そうに息をついてから、
「……ヒトが"そう"だと気づいていないだけで、現世で人間と婚姻関係を結ぶあやかしは昔からいる。ヒトの姿を持ち、ヒトのように細かく外見を変え"老い"を装ってはいるが、長い寿命は変えられず、相手の死後に"失踪"という形で区切りをつけることが多い。俺からすれば所詮ヒトを真似ているだけだが、あやかし達はその行為を、『人間として生きる』と呼んでいるのだろう」
「ふーん、なんだかロマンティックね……」
(こいつ、口も態度悪いけど、なんだかんだ訊けば教えてくれるんだよねえ)
実は律儀な人なのかも。
男から視線を外した私は、降って湧いたひらめきに「あ、もしかして」と再び彼女を見遣る。
「人間の女性にその"お方"を取られて悔しかったから、自分も"化け術"で人間になりたかったってオチだったりする?」
そうだったとしたら、それは彼女にとって幸せとは言い難い提案のように思える。
だって、いくら"人間"の姿を真似たところで、その"お方"とやらが再び彼女のもとに戻ってくるわけでもない。
彼女は一度空を仰ぐと、再び顎を落とし、
「逃げるようにして家を移ったというそのお方を、こっそりと探しました。するとそう経たずして、そのお方は現世へ向かったのだと教えてくれる者が出てきました。私はそれまで、一度も現世に赴いたことはありませんでしたが、ただ彼のお相手を知りたい一心で現世に参りました。……こちらに来てすぐに、見つかりました。あのお方は、人間の女性と"ヒト"として生きておられたのです」
「! それって、例の"化け術"ってやつ……?」
尋ねた私に、彼女が「その通りでございます」と頷いた。
やった! と心中で両手を放り投げたのもつかの間、私は疑問に駆られ「え、ちょっと待って」と眉根を寄せた。
「それってあくまで、人間の姿に化けれるって術よね? あやかしって、人間として生きるなんてことができるの?」
あやかし事情に詳しかった男に戸惑いの視線を向けると、彼は億劫そうに息をついてから、
「……ヒトが"そう"だと気づいていないだけで、現世で人間と婚姻関係を結ぶあやかしは昔からいる。ヒトの姿を持ち、ヒトのように細かく外見を変え"老い"を装ってはいるが、長い寿命は変えられず、相手の死後に"失踪"という形で区切りをつけることが多い。俺からすれば所詮ヒトを真似ているだけだが、あやかし達はその行為を、『人間として生きる』と呼んでいるのだろう」
「ふーん、なんだかロマンティックね……」
(こいつ、口も態度悪いけど、なんだかんだ訊けば教えてくれるんだよねえ)
実は律儀な人なのかも。
男から視線を外した私は、降って湧いたひらめきに「あ、もしかして」と再び彼女を見遣る。
「人間の女性にその"お方"を取られて悔しかったから、自分も"化け術"で人間になりたかったってオチだったりする?」
そうだったとしたら、それは彼女にとって幸せとは言い難い提案のように思える。
だって、いくら"人間"の姿を真似たところで、その"お方"とやらが再び彼女のもとに戻ってくるわけでもない。