「私のこの身体だけが"私"じゃないって言ったの、覚えてる? 私を"私"にしているのって、そういう、体験や記憶も含めて"私"なの」

 だから、と優しい肩に、願いと力を込める。

「私が"私"であるために、雅弥には"雅弥"でいてほしい。避けられない未来だって悲観して、何ひとつあがきもせず黙って引き下がるなんて、性に合わないし」

 視線を雅弥に戻す。
 真意を計りかねているのか、その瞳は戸惑いに揺れている。

「雅弥は"薄紫"を手放さないし、祓い屋だって辞めない。私は雅弥に、少しでも長く"気"を残してほしい。その丁度いい真ん中の案が、私をパートナーにすることだと思うの。ね、悪くないでしょ? 私だってほら、自衛出来る術《すべ》が出来たわけだし!」

 正直なところ、この鈴がどうして助けてくれたのかも、また手を貸してくれるのかもさっぱりわからない。
 だけどきっと、なんとかなる。根拠はないけど、予感がする。
 私は"薄紫"の松にはなれないけれど、松が折れないよう支える、添え木になら。

「ほら、今なら可愛らしい子狐ちゃんもついてお得よ!」

「……それはそもそも、俺の式だ」

 呟くように指摘して、雅弥がふいと前を向く。

「……アンタはやっぱり、ワケが分からないな」

 大きく上下した肩。
 数秒の間を置いてから歩き出した雅弥が、再び口を開く。

「……俺が何を言ったところで、どうせアンタは諦めないんだろう?」

「! それじゃあ……!」

「言っておくが、アンタの提案を受け入れたわけじゃない。使えない相手を、"パートナー"とするわけにはいかないからな。いいか、暫くはお試しだ。それにもう"依頼者"ではなくなるのだから、自分の身は自分で守れ。俺は俺の"仕事"を優先する」

 一気に畳みかけられる制約。
 けれども私は嬉しさを頬に、「うん、全然いい! 頑張る!」と大きく頷く。
 それからはたと気がついて、

「あ、でも平日は仕事があるから、出来だけ祓い屋のお仕事は夜とか休日に入れてほしいな」

「……本当、どこまでも自由だな、アンタは」

 零す声は嫌悪というより、諦めが強い。
 私は「そこも良いところでしょ?」と満足に笑んで、新たな私達を待つ『忘れ傘』へと思いを馳せた。


 扉を開けたなら、抱き着くようにして出迎えてくれるだろう、大切な温もりたち。
 無事を喜ぶ彼らの「おかえり」を聞いたなら、私は満を持して胸を張り、笑顔でこう告げる。

 ――私、雅弥のパートナーになろうと思います!

 鳴らない鈴の向こう側で、お祖母ちゃんはきっと、「頑張りなさい」と笑ってくれるに違いない。