「……"薄紫"は、隠世で打たれた妖刀だ」

「…………」

 うん。まあ、そうでしょうね。
 あんな風に光ったり、姿を変えたりできるのだもの。
 妖刀でなければおかしい――。

「……え、ちょっと待って」

 そう。そうじゃん。どうして忘れていたのだろう。
 あやかしは"陰"。ならば妖刀である"薄紫"は、"陰"のはず。
 だったらどうして、"念"を、あやかしを祓えるのか。
 嫌な予感に、手の内の鈴を握りしめる。

 ――藤と松。
 壱袈の言葉が、焦燥をあおる。

「なら……ならどうして、"薄紫"は"陰"を祓えるの? まさか――」

「……"薄紫"はあやかしが持ったところで、ただの棒きれ同然だ。所有者がヒトの場合のみ、効力を発揮する。――所有者から"陽"の気を吸い上げ、"陰"を断つ。ヒトだけが正しく活かせる、ヒトの為の刀だ」

「……っ!」

("薄紫"は、藤の花……)

 藤はひとりでは咲けない。
 巻き付き支柱となる、"松"がなければ。
 ――"薄紫"の松は、雅弥。

「……ま、さやは」

 速まる鼓動。胸の中央が冷たく沈んで、妙な汗が頭後ろに浮かんでくる。

「まさやは、どうなるの」

 沈黙。
 雅弥は数メートルを進んでから、

「……ヒトの"気"は有限だ。"陽"の気が枯渇すれば残された"陰"に狂い、そう経たずとして"気"を無くした肉塊となる。……"気"は、ヒトの生命力に直結する。いずれにしても、俺の先はそう長くはない」

「そん、な……っ」

「いいか。アンタがどんな手を使おうと、俺は"薄紫"を手放すつもりはない。祓い屋を辞めるつもりも、ない。俺が"俺"でなくなる未来を良しとしないのなら、今日を境に、金輪際あやかしとも俺とも関わるな」

「…………」

 ぴしゃりと言い放った雅弥は、これで終いだと口を閉ざす。
 この手は、身体は、確実に雅弥に触れているのに、なんだか間に薄いガラス板があるよう。

(……雅弥が、狂った末に死ぬ)

 そんなの、嫌だ。見たくない。
 けれど雅弥はすでに覚悟を決めている。
 自分の命よりも、"薄紫"を手に祓い屋として滅びゆく未来を、選んでいる。
 なのに"当事者"ではない私がその覚悟を――変えられるはずもない。

 胸が苦しい。
 明日なのか、数十年後なのか。
 いつ訪れるのかわからない、けれども避けられない悲惨な未来を想像して、恐怖が渦巻く。

 ――それでも。