その愛らしさに、思わず頬を緩めた私はしみじみと、

「ホント、この子が元気になってくれてよかった」

「…………」

 刹那、雅弥が歩を止めた。
 黙ったままの後頭部。明らかな異変に私は「ん?」と首を傾げ、

「どうかした――って、ごめん。やっぱり疲れるよね。そうだ! 一回降ろしてもらって、私ももう一度歩けるか試して――」

「"薄紫"を、手放すつもりはない」

「!」

 突然の宣言。
 反射的に「どうしたの急に」などとその脈絡のなさを指摘しそうになったけれど、喉元で押しとどめた。
 前を向いたままの黒髪から、こちらの反応を探るような気配。
 雅弥の決意と迷いを悟り、私も頬を引き締める。

「……何も訊いてないけれど」

「……アンタの言いそうなことくらい、想像がつく」

 いいそうなこと。
 それはつまり、私が雅弥と"薄紫"の真実とやらを知ったら、言いそうなこと。

「……話してくれるんだ?」

 暗に、選択する権利は雅弥にあるのだと含める。
 確かに壱袈は、私に委ねると言った。けれどそれは、私が"真実"を知るという条件付き。
 つまり、その"真実"とやらを知ることが出来なければ、私が選ぶまでもなく、ここで"強制退場"となる。
 壱袈の出した結論は、ただ私に選ばせるということではなく、雅弥が"許したら"選んでも良い、というもの。

(……きっと、雅弥もわかってる)

 それでも敢えて尋ねたのは、これは雅弥の"うっかり"ではないと、確信が欲しかったから。
 いまならまだ、拒絶できる。私はきっちりと引かれた境界線の外にいる。
 けれどもし、この先を"許して"くれるのなら。
 私はもう、いくら「関わるな」と言われても、踏み込んだ線の内側から出ることはないと思う。
 雅弥は長い沈黙を挟んでから、重々しく、ぽそりと呟いた。

「……そういう、条件だったろう」

「!」

 ――許された。
 歓喜に、思わず破顔する。けれども私は即座に気を引き締めて、耳に全神経を集中させた。
 これから紡がれる雅弥の言葉は、どれ一つとして逃せない。

「ありがとう、雅弥」

 告げた礼に答えることなく、雅弥は再び歩を進める。

「……アンタは、どうして"念"がアンタの蹴りで、消滅したと考える」

「それは……私の鈴ちゃんが"陽"の気で、私の足を覆ってくれていたからかなって」

「そうだ。"念"を消滅させるには、同等かそれ以上の"陽"の気が必要となる。"陰"では、祓えない」

 手をかけていた二つの肩が、薄く上下した。