私の疑問を受けた雅弥は、「また妙な言い回しを……」と額を抑えてから、

「ソイツの言った通りだ。あの家からは、そういった類の気配は感じなかった。……最期まで、間違いなくただのヒトだったんだろう」

「でも、それじゃあどうして……?」

「これはヒトが何らかの"異変"を感じ取った際、その理由に対象物を思い描き、見えない存在を"知りたい"と願った場合の話だ。あやかし側にも、その特定の人間に姿を見せたいという意志があると、力なくとも"波長"が合い、認識が可能になることがある。アンタの時みたいにな」

 雅弥は不服そうに眉根を寄せ、

「アンタみたいに、それを"きかっけ"として特異を得るのは稀だ。大抵は、そのあやかしだけを認識するに留まる」

「ええと……なんか、ごめんね」

 あーでも、やっとわかった。
 私はもはや懐かしくも感じる、始まりの時を思い起こして、

「だから最初に会ったあの夜、私に"知ろうとするな"って言ってたの。もうちょっとちゃんと説明してくれないと……。あれだけじゃ、なんかカッコつけてるヤバい人だーって思うだけよ」

「なっ……」

 思わずついて出た驚愕を飲み込むようにして、雅弥はコホンとひとつ咳ばらいをすると、

「…………善処する」

 難しい顔で、雅弥がロールケーキを咀嚼する。
 なんだかちょっぴり気落ちしているように見えるけど……。うん、そっとしておいてあげよう。
 ともかく謎は解けたと、私は郭くんに視線を戻す。

「つまりお爺さんは、メモ書きにあった通り、ずっと郭くんに会ってみたいって思い続けていたのね」

「……誰もいないはずなのに、誰かいるような気がしてたって言ってた。でも何か悪さをするでもないから、もしかすると、自分の知っている相手がお化けになって来たのかもって。……僕があやかしだって知って、すごく、驚いてた」

 白玉と餡子をすくった郭くんが、小さく笑む。

「あの人は、あの家で、一人ぼっちだったんだ。でも、それでいいんだって、言ってた。あの家には、あの人の穏やかな温かさと、静かな寂しさが漂っていて……。それが、すごく心地よかった」

 それから郭くんは、あの家でお爺さんと共に生活するようになった。
 一緒に庭の草をむしり、プランターで夏野菜を育て、共に台所に立つ。
 散歩に出かけ、冬には雪をかいて、炬燵に入りながら年の瀬を迎える。

「ずっとずっと、こうしていたいって、思った。……でも、あの人は、年を取っていった。初めて会った時よりも、もっと」