塩谷は由良が初めて組んだデザイナーだった。5年前、専門学校を卒業して泉岳寺にある中規模のゲーム会社『MODEL-ABC』に就職した彼女は、スマホアプリの開発プロジェクトにアサインされた。
新人が任された初仕事は、デザイン部が作成するグラフィックの管理だった。キャラクター、敵モンスター、アイテム、背景……ゲームに登場するあらゆる画像を、由良はすべて把握し、修正や新規絵の描き起こしをデザイナーに発注していた。
その仕事をサポートしてくれたのが、デザイン部の中堅グラフィッカー塩谷だった。塩谷は、新人がついつい見逃してしまいそうな所をすくい取り、由良が取り返しのつかない失敗をする事を未然に防いでくれた。もちろん、小さなミスはいっぱいした。けど塩谷は、それらも的確にフォローして、失敗の一つ一つが彼女の糧になるよう導いてくれた。
「ガンガン失敗しなよ。失敗すればするほど、現場に強いスタッフになれるから」
正体不明の進行不能バグの原因が、由良のデータ更新ミスだと発覚した後、塩谷はそう声をかけてくれた。
その後、データ管理だけでなく、自身のアイデアが必要になる仕事を任されると、塩谷と関わる機会は一層増えた。
スマホアプリはマネタイズのほとんどをガチャによる収益に依存している。そのため、ガチャから排出されるキャラクターは、サービス開始以降、月10体のペースで増えていく。
そんな新キャラの一部を由良が担当した。上司のプランナーたちとシナリオライターが決めたコンセプトに沿って、外見を由良が決めていく。ある意味では売上に直結する重要な仕事だった。
どんな衣装を着せるか? 髪型は? 持っている武器は? 表情は? 由良がそれらを決めていく。そしてそれを形にしてくれるのが、塩谷だった。
新キャラ制作の仕事は一方通行では終わらない。プランナーが作成した資料を元に、デザイナーがラフを描く。それを見たプランナーは修正案や新しいアイデアを出す。そしてデザイナーがラフを修正する。
さらにそこから線画、着彩とステップを踏んでいくが、常にプランナーとデザイナーの二人三脚で進められていく。
まだ自分の考えを上手く表現出来ない由良は、塩谷の出したラフに明確なディレクションを下すことが出来なかった。ただ、言語化出来ないだけで、彼の絵に違和感を抱くことがあった。塩谷はそんな由良の言葉にじっくりと耳を傾けてくれる。
『あー、星さんの言いたい事わかったかも。つまり、ここで満面の笑みのカードはおかしいと』
『そうですそうです! 確かにこの表情、可愛いんですけど……』
『このキャラにとっては人生のターニングポイントとなるようなイベントだしね。確かに楽しいってだけじゃないのか……』
そして翌日には、ブラッシュアップされたラフを由良に見せてくれる。
問題としていたキャラの表情は、笑顔ではあるものの、少し憂いも含まれた絶妙な顔に修正されていた。
『コレ! メッチャいいです!! アタシの思い描いてたイメージ通り…… いやそれ以上かも!』
『あの後、改めてシナリオ読んだらさ、この表情が出てきたんだ』
そんな事を何回も繰り返すうちに、絵の良し悪しを見定める眼も養われていった。すると、こうした方がいいのでは、という言葉がスルスル出てくるようになる。
その言葉にも塩谷は全力で答えてくれた。由良が出す1のアイデアを、塩谷は10に膨らませてくれる。それを由良は20にして、さらに塩谷が100にする。そんな仕事を続けることが出来た。
こうして由良がプランナーとしての自信をつけ始める一方で、塩谷の様子が変わり始める。それは2年前のことだった。
新人が任された初仕事は、デザイン部が作成するグラフィックの管理だった。キャラクター、敵モンスター、アイテム、背景……ゲームに登場するあらゆる画像を、由良はすべて把握し、修正や新規絵の描き起こしをデザイナーに発注していた。
その仕事をサポートしてくれたのが、デザイン部の中堅グラフィッカー塩谷だった。塩谷は、新人がついつい見逃してしまいそうな所をすくい取り、由良が取り返しのつかない失敗をする事を未然に防いでくれた。もちろん、小さなミスはいっぱいした。けど塩谷は、それらも的確にフォローして、失敗の一つ一つが彼女の糧になるよう導いてくれた。
「ガンガン失敗しなよ。失敗すればするほど、現場に強いスタッフになれるから」
正体不明の進行不能バグの原因が、由良のデータ更新ミスだと発覚した後、塩谷はそう声をかけてくれた。
その後、データ管理だけでなく、自身のアイデアが必要になる仕事を任されると、塩谷と関わる機会は一層増えた。
スマホアプリはマネタイズのほとんどをガチャによる収益に依存している。そのため、ガチャから排出されるキャラクターは、サービス開始以降、月10体のペースで増えていく。
そんな新キャラの一部を由良が担当した。上司のプランナーたちとシナリオライターが決めたコンセプトに沿って、外見を由良が決めていく。ある意味では売上に直結する重要な仕事だった。
どんな衣装を着せるか? 髪型は? 持っている武器は? 表情は? 由良がそれらを決めていく。そしてそれを形にしてくれるのが、塩谷だった。
新キャラ制作の仕事は一方通行では終わらない。プランナーが作成した資料を元に、デザイナーがラフを描く。それを見たプランナーは修正案や新しいアイデアを出す。そしてデザイナーがラフを修正する。
さらにそこから線画、着彩とステップを踏んでいくが、常にプランナーとデザイナーの二人三脚で進められていく。
まだ自分の考えを上手く表現出来ない由良は、塩谷の出したラフに明確なディレクションを下すことが出来なかった。ただ、言語化出来ないだけで、彼の絵に違和感を抱くことがあった。塩谷はそんな由良の言葉にじっくりと耳を傾けてくれる。
『あー、星さんの言いたい事わかったかも。つまり、ここで満面の笑みのカードはおかしいと』
『そうですそうです! 確かにこの表情、可愛いんですけど……』
『このキャラにとっては人生のターニングポイントとなるようなイベントだしね。確かに楽しいってだけじゃないのか……』
そして翌日には、ブラッシュアップされたラフを由良に見せてくれる。
問題としていたキャラの表情は、笑顔ではあるものの、少し憂いも含まれた絶妙な顔に修正されていた。
『コレ! メッチャいいです!! アタシの思い描いてたイメージ通り…… いやそれ以上かも!』
『あの後、改めてシナリオ読んだらさ、この表情が出てきたんだ』
そんな事を何回も繰り返すうちに、絵の良し悪しを見定める眼も養われていった。すると、こうした方がいいのでは、という言葉がスルスル出てくるようになる。
その言葉にも塩谷は全力で答えてくれた。由良が出す1のアイデアを、塩谷は10に膨らませてくれる。それを由良は20にして、さらに塩谷が100にする。そんな仕事を続けることが出来た。
こうして由良がプランナーとしての自信をつけ始める一方で、塩谷の様子が変わり始める。それは2年前のことだった。