「お、おお、八雲。久しいな。この度は愚息が色々と迷惑をかけてすまんな」
「いいえ。政宗は、非常によく働いてくれています。今日も誰よりも早くに起きて準備を初めてくれていましたし、つくもとしても大変助かっているという状況です」
雄弁に語る八雲は、非の打ち所がない笑みをたたえて切れ長の目をそっと細めた。
「ところで、確か光秀殿はイカがお好きでしたよね」
そうして素早く本題に切り込んだ八雲は、さすがの手腕で光秀の心を懐柔していく。
「おお、よく知っているのぅ」
「はい。実は、私が幼かった頃に、神成苑へと赴いた際、政宗が光秀殿はイカが好きだと教えてくれたことがあるのです」
「政宗が、わしの好物を……?」
「ええ。光秀殿もご存知の通り、政宗は人の機微によく気のつく男です。そういったこともあり、今回の縁日屋台のメニューには、イカを使った一品を加えさせていただきました」
八雲の言葉にハッとした花が政宗を見れば、政宗は不本意そうに腕を組んで苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
(そうか……だから政宗は縁日のメニューを決めるときに、"例の品"を推してたんだ)
花が思い出したのは、今から約二週間前に、今回の縁日の屋台で売るものを決めたときのことだ。
『この、熱海名物のイカメンチってやつ。今回の屋台で売ってみたらどうだ』
政宗がメニューのひとつに推したイカメンチは、候補には上がっていたものの、屋台で売るには縁日らしさに欠けるのではないかということで、落選しかけていた品だった。
『みしまコロッケと同じく専用の紙で包んで売れば手軽に食べられるし、食べ歩きにもちょうどいいじゃねぇか』
結果として、政宗の押しが決め手となり、みしまコロッケと一緒に今回の縁日屋台で売られることになった。
「そちらの熱海名物のイカメンチは、政宗がうちの料理長であるちょう助と一緒に、種を仕込むところから作った、オススメの一品となります」
八雲はそのときから、政宗の本心に気がついていたのだろう。
すべてを見透かされていたことに気付いた政宗は、カーッと顔を赤く染めて身を乗り出し、八雲に噛み付いた。
「おい八雲! テメェ、余計なこと言ってんじゃねーよ!」
対する八雲は知らんぷりだ。
ふたりの間に初めて小さな絆のようなものを見た花は、思わずクスリと微笑んだ。